そう言って優しく微笑んだ男性は、京極紫門と名乗った。京極さんは私の話を聞きながら、優しく頷いてくれた。こんなにゆっくりと人と話したのは久しぶりだった。
心が軽くなっていく。
人間としての感覚が少しだけ戻った気がした。その時、グーッと大きな音を立てて菫花のお腹が鳴った。
「…………」
菫花は無表情なまま、お腹を押さえながら俯いた。
そう言えば水分補給はしたが、昨日の夜から固形物は何も口にしていない。
それにしても、どうして人がいるこんな時にお腹が鳴ってしまうのだろう。最近お腹が空くようなことは無かったのに……。いつもキリキリと胃が痛んで、食欲が湧くことなんて無かったのに。
私がお腹を押さえたまま固まっていると、横から笑いを堪える声が聞こえてきた。
「くくくっ……お腹が空いたのかな?良かったらこれをどうぞ」
「あのこれは?」
「私の奥さんが握ったおにぎりだよ。これが旨いんだ。良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
菫花は手渡されたおにぎりを口に運んだ。すると優しい味が口に広がった。
「美味しい……」
「それは良かった」
嬉しそうに京極さんが笑い、私は泣いていた。人としての感情が戻ってきた。それが嬉しくて私はしゃくり上げながらおにぎりを頬張った。そんな私を京極さんが嬉しそうに見つめていた。
「菫花さん。良かったら友達にならないかい?」
「友達ですか?」
「そう。不倫の関係でも良いけどね」
そう言って京極さんはお茶目に笑った。
不倫……?
「こうやって、また話をしよう」
「はあ……」
こうして私達の奇妙な関係が始まった。


