ーー7月23日。
朝、結菜が学校の自分の座席で学生鞄を開けて机に教科書を詰め込んでいると、先に登校していた日向は席を立って結菜の隣についた。
人影に気づいた結菜は、昨日より血色が良くなっている日向を顔を見た途端、思わず笑みが浮かぶ。



「おはよ。今日は顔色がいいね! 体調は回復したのかな? 元気になって良かっ……」
「俺、今日で学校辞めるから」



見下ろしている日向は無表情のままそう告げると、廊下の方へ足を進めた。
結菜は急な報告に気持ちが追いつかずに日向の背中を追って廊下に出た。



「それってどう言う事?」

「昨日身元がバレた。今日は終業式だから学校を辞めるにはちょいどいい」


「ちょっと待って! どうして身元がバレたの? 事情を詳しく説明して!」

「お前には関係ない。今から職員室に行くからついて来んなよ」


「学校辞めちゃダメだよ……。あと半年くらいだから頑張って行こうよ」



結菜は泣きそうな顔で訴えながら腕を掴むが、日向は別人のような冷たい目線のまま足を止めて結菜の手を振り払った。



「無理。……あっ、そうだ。昨晩は看病ありがとう。意識が朦朧(もうろう)としてたから何を喋ったか覚えてないけど、もし変な事を言ってたら忘れて欲しい」



日向はそれだけ伝えると、再び足を前に進めた。
結菜は『何を喋ったか覚えてない』という言葉にショックを受けるが、引き留めなければならないと思いが先行して後を追う。



「忘れられないよ。……あれが演技だとしても!」



当然、日向にはこの言葉がズドンと重く胸に突き刺さる。
昨日は聞かなかった事にすると言い切っていたのに、簡単に言葉をひっくり返してきたのだから。

日向は拳をギュッと握って気持ちに踏ん切りをつける。



「何を言ったかわからない言葉を間に受けるのやめてくれない? 昨日は二階堂との仲を引き裂いて悪かったな。あいつと上手くやってけよ」

「何それ……。自分勝手過ぎる。……ねぇ、落ち着いて話をしよう。学校も辞めちゃダメだよ」


「無理。急いでるからもう行くわ」



日向は感情を腹の内に隠したまま気だるそうに1人の自分を演じると、歩くスピードを上げて結菜の元から離れて行った。
一方、隣の教室前に置き去りにされた結菜は、3分間に凝縮して伝えられた言葉が心の中で整理しきれない。


昨晩ソファでぐったりしてる時に伝えられた言葉を聞いた時は、てっきり好意を寄せてくれてるかと思った。
冗談ばかりを言うような人だけど、その狭間で本音を覗かせる事も度々あったから。
でも、それを覚えてない上に身元がバレたから学校を辞めるなんて突然言われても受け止められる訳ないじゃん。


彼と気持ちがすれ違ってショックを受けていたが、これはほんの序章に過ぎなった。
すぐ手前に待ち受けてる残酷な未来は、私達の仲を引き裂く準備を始めている。