「これは彼女がアルバイトを始める前に履歴書と一緒に書いてもらった。日向に好意を寄せないで欲しいと。万が一恋愛に発展したら、雇用契約は解除すると伝えてある。そして、契約解除後も連絡を取るなと。もし、約束を破った場合はストーカー罪で訴えるとも伝えた」

「ちょ……ちょっと待って! どうしてそんな勝手な真似をしたんだよ。信じられない……」


「お前と彼女のプライバシーを守る為だ。仮に2人が恋愛関係に発展して、彼女の身元が世間にバレたらどうなる。マスコミに追われて、SNSにはある事ない事書かれて窮地に追い込まれていくだろう。それに、先ほど学校からお前の身元がバレたと連絡があった。お前は一体何をしてるんだ」

「…………」


「高校は明日退学する。終業式だし家政婦を交代するにはいい機会だ」

「そんな……。学校は仕方ないとしても、あいつに家政婦を辞めさせるなんてあまりにも勝手過ぎるだろ」


「彼女を守りたいなら距離を置くしかない。じゃないと、お前自身が彼女を傷つける羽目になるだろう」



日向は言い返す言葉が見つからなかった。
何故なら、幼少期から芸能界で活躍していた事もあって、世間の厳しさを目の当たりにしていたから。

あいつと恋愛する気なんてなかった。
クラスメイトだから最初はどうしていつもパシられてるんだろうって気になる程度だった。
家政婦になってから冗談を言ってからかったりしたけど、俺が困っていた時にはさり気なく手を差し出してくれて……。
振り返ってみれば、あいつの逞しさや優しい人柄に随分助けられていた。



『人の心はきっかけ一つで反転するから』



以前、堤下さんが言ってた通り、俺の心はいつしか反転していた。
今朝、二階堂(やつ)に触れられていたのが嫌だったから、気づいた時には間に入って仲を引き離していた。
しかも、さっきはポロッと本音が溢れてしまったけど、あれでも最後の一瞬まで全力でブレーキをかけ続けていた。
そしたら、あいつは……。



『さっきの言葉は聞かなかった事にするね。私、また真に受けちゃいそうだから……』



俺の気持ちを受け止めずに帰って行った。
多分これが正解。
俺は本音を押し付ける訳にはいかない立場の人間だから。
それに、宝物のように大切に想うからこそ、世間からの非難を浴びせる訳にいかないと思った。



「ねぇ、堤下さん。その誓約書をもう少しよく見せてくれない?」

「わかった。残念だが、お前に忠告した通り、彼女自身にも何度か忠告させてもらった。ミカちゃんの件もあるのに申し訳ないが、家政婦は今日までと言う事に……」



日向は右手で誓約書を受け取ると、上から目線を滑らせて捺印までしっかりと確認した。