ーー午後20時25分。
場所は堤下が運転する車内。
日向は左後方の席に座ったままスマホで仕事のスケジュールを確認していると、堤下は車を進ませながらここ最近の心配事を切り出した。



「日向」

「……ん、何?」


「家政婦の早川さんに必要以上に接近するのはやめてくれないかな」

「どうして?」


「恋愛に発展してしまったら、マスコミ沙汰に巻き込まれて仕事に影響するから」

「あいつと恋愛? それはないよ」



日向はドアに肘をついて呆れたように外に目を向けてまともに取り合おうとしない。
だが、堤下はここ数日の異変が胸にひっかかり続けている。



「ないとは言いきれない。人の心はきっかけ一つで反転するから」

「……何が言いたいの?」



日向は質問が鬱陶しくなって堤下へ目線を向ける。



「自分がコントロールしてるつもりでも他人から見たら誤解をするような真似だけはやめて欲しい。マスコミはいつでもお前の私生活を餌食にする」

「だから、普段から注意深く行動してるよ」


「お前が注意深く行動してても、先日みたいに早川さんが現場まで台本を届けに来るのはやめていただきたい」

「どうして? 台本なくて困ってたから頼んだのに」


「いいか。彼女は同級生なんだ。外部で近づけば近づくほど世間の目に触れる。それに、生活補助として雇った。お前の都合に振り回す為じゃない」

「台本を持ってくるように頼んだのはたった一度きりだし、あの時は頼める人がいなくて……」
「お前は世間を甘く見過ぎている。そのたった一度きりが命取りになる可能性もあるんだ。万が一の事があったら早川さんには家政婦を辞めてもらう」



堤下の口調は右肩上がりになっていき、信号待ちの車の背後で停車する際にブレーキに力が入った。
すると、その振動で2人の身体がクッと前に揺れる。



「ミカがあいつに懐いてる。だから、辞められると困るし……」

「そう思うなら距離を置いて欲しい。お前には彼女を惹き付ける力も突き放す力もある。だから、どんな事態に直面しても感情をコントロールして欲しい」



信号が青になって前方の車が発進すると、堤下は再びアクセルを踏み込んだ。
日向は再び窓の外に目を向けて、流れていく景色を眺めながらミカと一緒に笑い合っている結菜の顔を思い浮かべた。