「アニオタって目が隠れるくらいのきのこちゃんカットが多いよね。やっぱり私服はチェックのシャツにケミカルウォッシュなのかな」



きのこちゃんカット?
この俺様が???
黒髪のカツラをかぶって登校してるけど、これはきのこちゃんカットじゃなくてマッシュヘアなんだけど……。



「あの髪型だけは勘弁だよな〜。俺は無理無理」



横から強風を浴びたような髪型のお前が言うな。
そもそも、その髪型は一体誰を真似したんだよ。
個性的過ぎて芸能界では見たことがない。



「俺、阿久津の私服姿を見たらフイちゃうかも。ケミカルくんはないよな〜」



フく以前に俺が高杉悟だと知ったらファッションリーダーだと思って拝むだろ?
しかも、勝手な妄想一つでケミカルくんとは失礼だな。



「顔が見える面積も極小だからほとんど不審者だよな。きっと、顔に自信がないからマスクで隠してるんだろうな」



日向は『顔に自信がない』というキーワードが耳に飛び込んだ瞬間、堪忍袋の緒がブチッと切れた。
気づいた時にはズカズカといった足取りで廊下に出て、2人の前に立って顎を上げて2人を冷血に見下す。



「鏑木……。横田……」

「ひぇっ! あっ阿久津……くん……」

「うわっ、どっどうしたの……?」



しかし、日向は怯える表情の2人を見て思った。
ここで自分が問題を起こしたら正体がバレてしまうのではないか、と。
確かに悪口は耐え難いが、俳優と伏せたまま学校に通うには自分が我慢しなければならない。

日向は額の血管をピクピクさせたまま気持ちを押し殺した。



「くっ! ………………シャープペン……貸して……くれないかな(くそぉ〜!! どうして俺が我慢しなきゃいけないんだ」

「えっ、シャープペン?(眼光を放つくらい怒ってるって事は、絶対俺たちの会話を聞かれてたよな)」


「忘れたんだっ……(いつか今日の分の仕返しをしてやるからな)」

「あっ……あっ、うん……。いいよ……(普段はおとなしいけど、本当は怒りっぽい人なのかな?)」



鏑木はその場から逃げ出すように教室に入って筆箱から一本のシャープペンを取り出して日向の前へ行き、震えた手で差し出した。
すると、日向は奪うように掴み取って教室へと入っていき、嵐が去った後の2人はほっと胸を撫で下ろした。


ーーそれからまもなく授業が始まると、日向は先ほどの事を思い出しながらノートを書き綴っていた。

最近クラスの奴らが結菜に注目し始めた。
屋上で1人でゲームをしてる時に楽しそうに笑ってたから、あいつ自身が変わったら周りの目も変わると確信してたけど、想像以上の結果だったな。

でも、鏑木たちが俺をあんな風に思ってたなんて最悪。
俺が誰だかわかってんのかよ。
恋人にしたい芸能人ナンバーワンの高杉悟だぞ?
それなのに、カツラの事をきのこちゃんカットとか、私服がダサそうとか勝手な事を言いやがって〜〜〜!!

ポキッ…… ポキッ…… ポキッ……

日向はシャープペンを持つ手がストレスで力んでしまい、ノートの上で芯が飛ぶように少しずつ折れていった。