化粧室の鏡に映った顔は、頬が上気して目じりがとろんとさがっている。頬をぐにぐにと指でつねった。
もやのかかったような頭に少し戸惑って、もうお酒はやめてお茶にしよう!と心に決めてゆっくり化粧室を出る。リップを塗り直すのさえ億劫だ。
広くてオシャレなことが売りでもあるらしいこの店の化粧室は、出入り口の近くにあるものの、いま人気はほとんどない。
ドアを閉めたところで、隣から出てきた人と鉢合わせしそうになる。
「わっ」
「あ、ヒナちゃんだー」
石井さんだ。ちょっと気まずいな。
「もしかして酔っ払っちゃった?」
「え?いえ、大丈夫です・・・」
「ふうん、ちょっとほっぺが赤いね。大丈夫かな?」
頬に手を添えられそうになり、思わず後ずさりした。
「わっ、怖がってるの?ダイジョーブだよー!なにもしないから」
慌てたように手をぶんぶん振る石井さんはなんだか面白がっているみたい。
ずい、と体を寄せられて
「でも、このまま、ふたりでぬけだしちゃおうか?」
話すたびにワインの甘い香りがかかって、背中のほうがむずむずと気持ち悪くなる。
「いやあの、 結構です…」
冗談とも本気ともつかない石井さんの言葉に目が変に泳いでしまう。
どうしよう… 早くみんなのところに行きたい。ていうか、もううちに帰りたい。
愛想よくその場を切り抜けるにはどうしたらいいか、必死で頭を回転させてもなんにも思い浮かばない。
「困ってるの、かわいいね?」
また頬に手が伸びてくる。思わず払いのけようと上げたその腕を、
「すみません、お客さま。店の入り口で揉めるのはやめて頂けますか?」
さっと横からつかまれた。
「!」
「べつに?もめてないですよ、ね?ヒナちゃん!」
明るく反論する石井さんの声が聞こえる。でも、何を言っているかはわからない。だって、私の腕をぎゅっと掴んでいるのは、眉をぎゅっと寄せて睨むみたいに私を見ているのは、悠真だったから。



