「…はぁっ、ここまできたら、大丈夫だろ」
両膝に手を当て、身体を折り曲げるように息をしてふうーっと呼吸を整えたあと、ちょっと待ってろとぼそぼそ言っていなくなった彼は、ほどなくペットボトルを一本持って戻ってきた。
「ほら、水飲んどけ」
自分もまだ肩で息してるくせに、そんなこと言ってる。ほんとに、いっつも、そうやって私の気持ちのやわらかいところをちくちく刺してくるんだ。
「あ、の、ごめんね。ありがと…」
「ん」
目をそらして軽くうなずく悠真。
「じゃ、俺店戻るわ!」
「ご、ごめん」
「謝んな。俺がやりたくてやったんだし」
「でも…悠真は仕事中だったんでしょ?これじゃ悠真が怒られちゃうよね」
「気にすんな、何とかなるって」
私からペットボトルを無造作に取りあげて、そのまま口をつける。
わたしが、飲んだやつ。
悠真はきっと、何にも考えてない。そんなの意識してるの、わたしだけなんだろうけど。
「おまえのためにバイトしてんのに、肝心なとこで助けられねーの、バカみてえじゃん?」
だから、いいんだ。
そんな言葉に続いて、額にあたる冷たく濡れた感触。
ちゅ、という音も。
「……な、に」
いまの。
無言でペットボトルを押し付け、彼はどたどたと大またで歩きだす。数歩行ったところでぐるりと振りかえった。
「今度、ハナシあるから!ちゃんと聞けよ!」
そう言って背中を見せ、今度こそものすごい速さで走り去っていく。
私はといえば、自分の心臓の音がうるさくて、さっきまでのくらくらしたほろ酔いなんてどこかへ飛んでいってしまった。
おでこに残る冷たい唇の感触と、振り返ったときの悠真の耳たぶの赤さが頭の中でダンスを始める。ほわほわとあたたかくてくすぐったい、不思議な気持ちで静かな星空を見つめた。
fin



