旅館甘露は、旅館にもホテルにも泊まったことのない椿でもわかるほど立派な老舗の旅館だった。広々とした旅館の庭は美しい日本庭園が造られており、旅館の浴衣を着た人が散歩を楽しんでいる。

「こ、こんな高そうなところ……」

「ここは温泉も料理も素晴らしいから、ぜひ椿と泊まりたいと思ったんだ」

清貴にタクシーから連れ出され、椿は旅館の中へと入る。豪華絢爛な調度品が並べられたロビーに椿が顔を真っ青にさせていると、着物を着た女性がこちらに歩いて来る。

「柊様、お久しぶりです。本日は宿泊いただきありがとうございます」

「お久しぶりですね、女将さん」

清貴が微笑むと、女将も微笑み返す。すぐに女将は椿にも頭を下げた。

「当旅館の女将、白鳥律子(しらとりりつこ)と申します。当旅館に足を運んでくださり、誠に光栄でございます」

「えっと、柊椿と申します。お世話になります」

深々と律子が頭を下げるため、釣られるように椿も頭を下げる。それを見て清貴がクスリと笑った。

「お部屋にご案内致します」