「そろそろ行こう」

「はい」

清貴は先ほどの出来事を何も気にしていないようで、椿に背を向けて歩き出す。一度も振り返ることのないその背中に、何故か椿は胸が痛くなるのを感じながら彼の後ろを歩いた。



柊総合病院の八階に清貴の祖母は入院していた。しかし、普通の病室ではない。大きなテレビとベッド、そしてソファまでもが並んだホテルの一室を思わせるVIPルームである。初めて足を踏み入れるVIPルームに、椿はただ緊張を覚えていた。

「おばあ様、彼女は椿と言います。彼女と結婚をしたのでその報告に来ました」

そう椿を紹介する清貴の視線の先には、ベッドに腰掛ける七十代後半ほどの女性の姿があった。レース素材のパジャマを着ており、髪は一部を紫に染めている。微笑んでいる女性は上品で同世代の人よりも若く見える。

(こんなに綺麗なおばあさん、生まれて初めて見たかも)

ボウッとそんなことを椿は考えてしまう。すると清貴に「椿」と名前を呼ばれ、ハッとして慌てて自己紹介をした。