「――会長、引き受けてよろしかったんですか?」
「ん? 引き受けちゃマズかった?」
お客さま方がお帰りになった後の応接スペースで、少し冷めたお茶を飲んでいたわたしに貢か首を傾げて訊ねた。
ちなみにわたしは猫舌で、お茶もコーヒーも少し冷めたくらいが飲みやすいのだけれど、それはさておき。
彼はわたしに断ってほしかったのかもしれない。わたしからあんな条件を出したとはいえ、相手役の小坂リョウジさんという俳優さんはたとえ演技であってもリアルなキスシーンにこだわる人で、女性関係のスキャンダルも多い人だと聞いたから。アクシデントを装って、わたしの唇を奪われる可能性がないとは言い切れなかったのだ。
「いえ、マズいわけではないんですが。相手役の方が……その……。ちなみに会長、キスのご経験は?」
「…………ない。実はファーストキスもまだなの」
「なのにお引き受けになったんですか!?」
「大丈夫だよ、桐島さん。心配しすぎ! ホントにキスしなくても、カメラワークでしてるように見せられるらしいし。わたしがファーストキスを奪われてもいい人は一人しかいないから」
「それって、好きな人ということですか?」
「うん。わたし、好きな人がいるの」
わたしは「貴方だよ」という意味を込めて、彼の顔を見つめたけれど。彼がわたしのメッセージに気づいたかどうかは分からなかった。
* * * *
――その夜、わたしは里歩にLINEでそのことを報告した。
〈わたし、今度Sコスメの新作ルージュのCMに出ることになったの!
俳優の小坂リョウジさんと共演するらしくて、キスシーンもあるって聞いたけど。それはカメラワークで何とかしてくれるって。〉
〈それ、ホントに大丈夫なの?
もしかしたら、小坂リョウジにファーストキス奪われるかもしれないじゃん! アンタはそれでいいの?〉
〈それはイヤだけど……、でも大丈夫!
撮影の時は、桐島さんも一緒に来てくれるから!〉
里歩が心配する気持ちも分からなくもなかった。
わたしは百五十八センチの身長にサラサラのロングヘアー、長い睫毛と目鼻立ちのハッキリした顔、そして恵まれたプロポーションというアイドル並みのルックスで、CM共演を口実にして小坂さんから口説かれてしまうのでは、と心配していたのだろう。
わたしと貢との恋をずっと見守ってくれていた、大親友の彼女らしい心配だと思う。
「ん? 引き受けちゃマズかった?」
お客さま方がお帰りになった後の応接スペースで、少し冷めたお茶を飲んでいたわたしに貢か首を傾げて訊ねた。
ちなみにわたしは猫舌で、お茶もコーヒーも少し冷めたくらいが飲みやすいのだけれど、それはさておき。
彼はわたしに断ってほしかったのかもしれない。わたしからあんな条件を出したとはいえ、相手役の小坂リョウジさんという俳優さんはたとえ演技であってもリアルなキスシーンにこだわる人で、女性関係のスキャンダルも多い人だと聞いたから。アクシデントを装って、わたしの唇を奪われる可能性がないとは言い切れなかったのだ。
「いえ、マズいわけではないんですが。相手役の方が……その……。ちなみに会長、キスのご経験は?」
「…………ない。実はファーストキスもまだなの」
「なのにお引き受けになったんですか!?」
「大丈夫だよ、桐島さん。心配しすぎ! ホントにキスしなくても、カメラワークでしてるように見せられるらしいし。わたしがファーストキスを奪われてもいい人は一人しかいないから」
「それって、好きな人ということですか?」
「うん。わたし、好きな人がいるの」
わたしは「貴方だよ」という意味を込めて、彼の顔を見つめたけれど。彼がわたしのメッセージに気づいたかどうかは分からなかった。
* * * *
――その夜、わたしは里歩にLINEでそのことを報告した。
〈わたし、今度Sコスメの新作ルージュのCMに出ることになったの!
俳優の小坂リョウジさんと共演するらしくて、キスシーンもあるって聞いたけど。それはカメラワークで何とかしてくれるって。〉
〈それ、ホントに大丈夫なの?
もしかしたら、小坂リョウジにファーストキス奪われるかもしれないじゃん! アンタはそれでいいの?〉
〈それはイヤだけど……、でも大丈夫!
撮影の時は、桐島さんも一緒に来てくれるから!〉
里歩が心配する気持ちも分からなくもなかった。
わたしは百五十八センチの身長にサラサラのロングヘアー、長い睫毛と目鼻立ちのハッキリした顔、そして恵まれたプロポーションというアイドル並みのルックスで、CM共演を口実にして小坂さんから口説かれてしまうのでは、と心配していたのだろう。
わたしと貢との恋をずっと見守ってくれていた、大親友の彼女らしい心配だと思う。



