受付の隣に、狭くて急な階段がありました。
黒ずんではいるけれど緋毛氈が敷かれていて、続く二階は真っ暗です。
「撮影は二階?」
わたしは宣言通り、勝手に階段を上がりました。
あなたは慌てて入口の戸に「休館」の札を下げ、わたしの後を追ってきます。
暗い二階には一階からの明かりがわずかに届いています。
その中にたくさんの機材が見えました。
まろぶように階段を昇り切ったあなたは、電気をつけました。
そこは床全体にやはり緋毛氈が敷かれていました。
大きな姿見がひとつと、一人掛け、二人掛け、三人掛け、さまざまな椅子が雑然と置かれています。
その向こうには黒い幕がかけられた三脚があり、三脚の先には広い空間の中に椅子が一脚置いてあります。
天井から下げられた大きな照明がふたつ、その空間に向けられています。
忙しなくあちこちに首をめぐらすわたしを、あなたはすでに持て余しているようでした。
何度も時計や階段下を見ては、落ち着かない様子でした。
わたしは気づかないふりをして、壁に取り付けられた棚を見て回りました。
そこにはいくつかのカメラと、カメラより多い数のレンズが並んでいました。
宝石のように丁寧に並べられ、宝石のように煌めいて見えます。
そのひとつに手を伸ばすと、あなたがにわかに緊張したのがわかりました。
元に戻すと、ほっと身体を緩めます。
また別のレンズを手に取ると、また緊張するのです。
「お嬢さま、もう、その辺で……」
「壊したら怒られる?」
「怒られるどころの騒ぎじゃありません」
「先生は怖い?」
「怖いなんてものじゃありません」
わたしは笑って、レンズを元の位置に戻しました。
「これがカメラ?」
「はい」
わたしが近づくと、あなたは三脚にかけられた黒い幕をはずしました。
そこには黒くて蛇腹のついた箱形の機械が乗っています。
あなたがそっと蓋をはずすと、レンズがキラリと光りました。
カメラには一切装飾はありませんが、禁欲的とも言えるその姿には独特の美がありました。
愛好する方たちが美姫を愛でるかのように撫でる気持ちもわかります。
彼女のご機嫌を損ねないように、わたしはそうっと覗きました。
「ぼんやりしてる」
椅子に向けられているはずなのに、何も見えません。
「ピントを合わせるんです」
「ピント?」
「レンズを回して絞って、椅子に焦点を合わせるんですよ」
言われた通りにしてもカメラというのはかなりの気難し屋で、歪みはひどくなるばかりでした。
だんだん頭が痛くなってきます。
「無理だわ。才能がないみたい」
わたしと代わってあなたは繊細にカメラに触れました。
指はレンズにかかっていますが、動いているのかいないのかわからないほど。
「才能じゃないです。ただの慣れですよ。はい、どうぞ」
場所を譲られて覗いた世界は明瞭で、きれいに切り取られていました。
この気位の高いお姫様も、あなたには素直に心を開くようでした。
黒ずんではいるけれど緋毛氈が敷かれていて、続く二階は真っ暗です。
「撮影は二階?」
わたしは宣言通り、勝手に階段を上がりました。
あなたは慌てて入口の戸に「休館」の札を下げ、わたしの後を追ってきます。
暗い二階には一階からの明かりがわずかに届いています。
その中にたくさんの機材が見えました。
まろぶように階段を昇り切ったあなたは、電気をつけました。
そこは床全体にやはり緋毛氈が敷かれていました。
大きな姿見がひとつと、一人掛け、二人掛け、三人掛け、さまざまな椅子が雑然と置かれています。
その向こうには黒い幕がかけられた三脚があり、三脚の先には広い空間の中に椅子が一脚置いてあります。
天井から下げられた大きな照明がふたつ、その空間に向けられています。
忙しなくあちこちに首をめぐらすわたしを、あなたはすでに持て余しているようでした。
何度も時計や階段下を見ては、落ち着かない様子でした。
わたしは気づかないふりをして、壁に取り付けられた棚を見て回りました。
そこにはいくつかのカメラと、カメラより多い数のレンズが並んでいました。
宝石のように丁寧に並べられ、宝石のように煌めいて見えます。
そのひとつに手を伸ばすと、あなたがにわかに緊張したのがわかりました。
元に戻すと、ほっと身体を緩めます。
また別のレンズを手に取ると、また緊張するのです。
「お嬢さま、もう、その辺で……」
「壊したら怒られる?」
「怒られるどころの騒ぎじゃありません」
「先生は怖い?」
「怖いなんてものじゃありません」
わたしは笑って、レンズを元の位置に戻しました。
「これがカメラ?」
「はい」
わたしが近づくと、あなたは三脚にかけられた黒い幕をはずしました。
そこには黒くて蛇腹のついた箱形の機械が乗っています。
あなたがそっと蓋をはずすと、レンズがキラリと光りました。
カメラには一切装飾はありませんが、禁欲的とも言えるその姿には独特の美がありました。
愛好する方たちが美姫を愛でるかのように撫でる気持ちもわかります。
彼女のご機嫌を損ねないように、わたしはそうっと覗きました。
「ぼんやりしてる」
椅子に向けられているはずなのに、何も見えません。
「ピントを合わせるんです」
「ピント?」
「レンズを回して絞って、椅子に焦点を合わせるんですよ」
言われた通りにしてもカメラというのはかなりの気難し屋で、歪みはひどくなるばかりでした。
だんだん頭が痛くなってきます。
「無理だわ。才能がないみたい」
わたしと代わってあなたは繊細にカメラに触れました。
指はレンズにかかっていますが、動いているのかいないのかわからないほど。
「才能じゃないです。ただの慣れですよ。はい、どうぞ」
場所を譲られて覗いた世界は明瞭で、きれいに切り取られていました。
この気位の高いお姫様も、あなたには素直に心を開くようでした。


