以来、あなたは我が家に出入りするようになりました。
仕事中のあなたはとても紳士的で、わたしのことも大人と同じように丁重に扱ってくれましたが、なんだかそれも面白くありません。
だからわたしはいつも奥を抜け出し、後片付けをするあなたのところに戻りました。

「お嬢さま、来たらだめだと言われているんでしょう?」

初めて会った日から数年の月日が経って、あなたはひとりで撮影を任されるようになっていました。
写真をお願いするのは、年にほんの一、二度。
そのたびにあなたは、少しずつ大人の男性になっていきます。
身体つきはしっかりして、背広はもうぶかぶかではありません。

「ご用聞きが来るからお台所に行ってはいけないし、書生部屋もだめだって」

「じゃあ怒られますよ?」

「あなたはご用聞きではないし、ここは書生部屋ではないもの」

「それはなかなかの詭弁ですね」

あなたはよく笑うひとでした。
それからお行儀の悪いひとで、薄っぺらい嘘を平気でつくひとで、わたしより機材ばかり相手にする腹立たしいひとでした。
それなのにどういうわけか、何かいいものでできているひとでした。

何かいいもの。
そう……たとえば、磨いたばかりの銀のスプーンとか、つきたてのお餅とか、ピアノの和音とか、そういう心浮き立つ何かが、あなたの中にはありました。

あなたの立てた朗らかな笑い声が、窓を抜けてきた風にさらわれていきます。

「お嬢さまは、どこへでも自由に出掛けたいと思いませんか?」

真っ白な入道雲を見つめていたわたしに、あなたはふいに尋ねました。

「いいえ。お願いすれば、たいていは連れて行ってもらえるから」

「窮屈ですね」

「そういうものだもの」

へえ、とあなたは照明を収めた鞄の蓋を閉めます。

「お嬢さまを外の世界にお連れしたら、さぞ驚かれるのでしょうね」 

わたしはその言葉に直接お返事することはできませんでした。
いくら勝手な振る舞いが多いわたしでも、あなたと外でお会いすることなど、想像の埒外にあったのです。

「あなたは毎日自由に出歩いているの?」

「残念ながら。ほとんどは店にいて、持ち込まれたフィルムの現像をしたり、来店されたお客さまを撮影したりしています。お嬢さまも、お見合い写真がご入り用でしたら歓迎いたします」

あなたはそう言いましたが、お見合い写真や婚礼写真は別のお店にお願いすることに決まっていたのです。
他人様にお渡しするものですから、台紙に有名店の名前が入っていないと恥ずかしいのですって。
だから二人の姉も別のお店で撮影して嫁いで行きました。

「お店はどこにあるの? 遠い?」

「遠くはないですけど」

後片付けの片手間にあなたが口にしたお店の場所を、わたしは必死に覚えました。