あなたがわたしに会いに来たのは、世界のあちこちで戦火が上がり、その影響がわたしたちの生活の中にまで及び始めた頃のことです。

ある日、頼んでいた写真が届いた、と女中に告げられました。
本来、そのような(おもて)の仕事がわたしの耳に届くことはないのですが、あの頃はすでに使用人の数がだいぶ少なくなっていました。
出入りの写真屋とふたりで会うことを咎める暇のある人はいません。

はやる気持ちを抑えられず、スカートの裾を大きく揺らしながら応接室に入ると、あなたは窓際で外を眺めていました。
いつもの大荷物とは違って、封筒ひとつだけの身軽な姿です。

「お待たせしてごめんなさい」

「こんにちは」

初めて会った日のように、日差しがあなたに差し掛かっていました。
けれどもう、あの頃の幼さは露ほどもありません。
わたしも十の子どもではなく、女学校を卒業して、花嫁修業に励んでおりました。

向き合ったままあなたは何も言わず、わたしも何を話したらいいのかわかりませんでした。
元々わたしとあなたの間に話すべきことなど何もないのです。
近況や、つまらない噂話をする間柄でもありません。

仕方なしに、わたしは本題を切り出しました。

「お願いしていたお写真は?」

あなたは持っていた封筒を差し出しました。
受け取って中を覗くと、銀色めいた葉が数枚入っているだけです。

視線を戻した先で、あなたはあの暗室のときのように深い瞳をわたしに向けていました。

「お嬢さま、少し痩せましたか?」

「いいえ」

「お身体は何ともありませんか?」

「何も問題ありません」

「本当に?」

「気落ちしていると思ってた?」

あなたは答えず、笑いもしませんでした。

「わたしの婚約のことを聞いたのでしょう? だったら『おめでとうございます』と言うものよ。わたしだって笑って『ありがとう』と答える用意があるわ。それなのに、なぜわたしを気遣うようなことばかり言うの?」

いくらでも嘘が口から出るひとなのに、あなたは黙っていました。
瞳だけそらさずに。
わたしの腕の中で、封筒は皺になっていました。

「仮に、わたしが気落ちしていたとして、あなたはどうするつもりでいらしたの?」

「僕にできることがあるなら、何でも」

わたしはこのとき、人生で一番勇気を出したのです。
そして、そのことを気づかれないようにお腹に力を入れましたが、声は少し震えました。

「だったら、もしわたしが『連れて逃げて』と言ったら?」