「じゃあ、行こか」

 そう言って歩き始めたチヒロは、私の手を握ったままだった。

 男の人と手を繋いで歩くなんて、幼稚園ぶりかもしれない。

 幽霊でも顔色変わったりするのかなって、自分の顔が赤くなってないか心配になる。

 なんで手を繋いだままなんだろうって不思議に思うけど、なんだか聞けなくて手を離すことが出来なかった。

「やっぱ、みんな寝とんなぁ」

 パジャマ姿のチヒロが夜の動物園の中を歩いているのはなかなかシュールな光景だった。

 B級ホラー映画にありそうとか、ちょっと思ってしまった。

 私もだけど、チヒロも全然怖くない幽霊だった。お互いにしかお互いが見えてないだけで、自分たちがもう死んでいるだなんて信じられない。

 静かな動物園の中で、時折なんだかよくわからない動物の鳴き声がする。その声の方が、よっぽど幽霊らしかった。

「隠れててよく見えないね」

「暗いしなぁ」

 動物たちは木の影とかで眠っているか、大型動物は別に寝床があるみたいで檻の中はからっぽだった。起きている動物がいないか、歩きながら探してみる。

「知っとる?」

「えっ、なにが?」

 手を引っ張ってもらってるとはいえ、チヒロは早足だった。気の向くままに動物園内を歩くチヒロについていくのに必死になって、話をよく聞いてなかった。

「夜行性の動物」

 チヒロの問いかけに、頭に思い浮かんだ動物がそのまま口をついて出る。

「ハムスター」

 小学生のころ飼いたくて、エッセイマンガを読んだり、飼ってもらえる予定もないのに飼育書を図書館で借りたりしていた。

「ハムスター! ええなぁ。ふれあい広場みたいなん、あらへんかな」

 おあつらえむきに、動物園内の案内板を見つけた。

 園内はとっくに消灯されていて、明かりらしい明かりもなかったけど、満月だからか、それとも幽霊だからか、意外なほどはっきりと案内板を読むことが出来た。

「あっちの方やな」

 チヒロが、動物園の奥の方を指差した。

「じゃあ、行こか」

 チヒロがまたそう言って、私の手を握り直してまた歩き始める。