この時間だから病院のエントランスは静まり返っていて自動扉も動かないし、幽霊の私じゃどのみち動かない。これだけ大きな病院なら救急車とかが来るような夜間の出入り口もあるのかもしれないけど、わからないからパスして自動扉に向かって目をつぶって突進する。

 あの風が吹き抜けるような不思議な感覚がして、目を開けたときにはもう私は病院の中に入り込んでいた。

 消灯した待合室は非常口の緑の光に照らされているだけで、なんだか不気味だった。でも、不思議と恐怖心は湧いてこなかった。たぶん、それどころじゃないから。

 階段はどこだろう。

 エレベーターがあるのはすぐ目に入ったけど、今の私じゃ扉をすり抜けて中に入れてもスイッチを押せる気がしない。ぐるっと見回しても、階段の場所はわからなかった。

 そうだ。

 私はふと思いついて、床を強く踏んで飛び上がった。普段のジャンプの距離を軽々と飛び越えて、天井に頭がぶつかりそうになる。目を閉じて、また風が吹く。バランスを崩して体が一回転する。驚いて目を開けた私の視界に飛び込んできたのは、ナースステーション。一回転した背中はそのまま床をすり抜けることなく、仰向けに地べたに着地した。

 二階に来れた。

 明るいナースステーションの光に、暗闇に慣れていた目がまぶしい。私にはもう眼球なんて本当はないはずなのに、そう感じるのが不思議だった。

 私は起き上がると、夜勤に勤しむ看護師さんたちを無視してもう一度飛び上がった。各階同じような造りなのか、三階もまたナースステーションの前に出た。それを何度か繰り返して、ナースステーションからリネン室みたいなのに変わったり、徐々に景色が変わって、最後は星空が見えた。

 月の光が明るく屋上を照らしている。白い屋上の床に私の足がつくけど、影は落ちない。私の足元まで伸びた給水タンクの影。その影の上に、私がみた人の影は乗っていない。でも私が振り返ると、給水タンクの上には確かに人が立っていた。

 満月をバックに、仁王立ちする青いストライプのパジャマ。色の薄い癖のある髪に、青白く細い手足。服装からして、この病院で亡くなった患者さんなんだろう。整った顔立ちの彼が、床から現れた私と目が合い顔をしかめる。

「なんやオマエ――オマエも幽霊か」

 関西弁っぽいしゃべりをする、薄幸の美青年が私を見下ろしていた。