「この映画、見たかったんだよね!」

 幽霊になった私は、映画館に繰り出していた。

 高校三年の夏、受験に向けて遊ぶ余裕なんてずっとなかった。ううん、今だけじゃない。ずっと余裕なんてない。

 周りに合わせて浮かないようにして、親が学校が友達が、私になにを求めているのかばっかり気にして、自分がなにが好きで嫌いかさえ忘れそうになってた。

 絶対言ったらバカにされる。ううん、バカにされて笑われるぐらいならまだマシだった。ドン引きされて孤立することが、一番怖かった。

「サメベロス、開場でーす」

 劇場の人の声がフロアに響くけど、入場に向かって行く人は皆無だった。

 サメベロスーー地獄のケルベロスと融合した三つの頭を持つサメが人々を襲うパニックホラー……と見せかけた、たぶんコメディー。

 絶対ばかばかしくて面白い。パニックホラーを見ていたはずなのに、なぜか笑っちゃう展開しかないと思う。

 すごく、楽しみ!

 私は幽霊になったのをいいことに、私は鑑賞券を買わずにいそいそと入場していった。

 やや後方よりの中央席。そこに腰かけて、私はスクリーンを見つめる。ポップコーンでも欲しいところだけど、さすがに幽霊じゃ買えないし食べれないよね。

 上映時間を待っているとポツポツと人が入ってきた。そのうちの一人。ポップコーンを片手に一人で入ってきた男性がそのまま私に近づき……私の膝の上に座ろうとした! たぶんすり抜けてしまうだろうけど、咄嗟に回避する。考えることは同じらしい。

 同じ趣味の仲間だと思うと、入場してくる人がみな好ましく思えてくる。上映時間まで誰も通らない奥の通路で待ってから、空いた席に座った。

 映画は面白かった。血しぶき舞うR15の映画だったんだけど、やっぱり要所要所で座席から笑い声が聞こえてきた。私も笑った。どうせ誰にも聞こえないしと、映画館だけど自宅でテレビを見ているノリで笑った。

 エンドロールが流れて、最後のオマケのワンシーンも終わって、明るさが戻ってくる。

 連れだって来た人たちが、笑いながら映画の感想を言い合って楽しそうに帰っていく。

 私も、流行りの映画を友達と見に来たときはそうだった。映画は誰かと感想を語り合うまでが映画だと思っているタイプだった。

 でもこんな映画に誘える友達はいないし、今も一人。

 映画は楽しかったけど、虚しかった。