救急車が走り去ると、集まっていた人たちも散り散りになっていった。

 一瞬、救急車に同乗していこうかとも思ったけど、私はそこに留まった。自分の死に顔なんて、あんまり見るもんじゃない。

 アスファルトに残った血だまりをしばらくぼんやり眺めていたけど、近くの店舗からバケツを持った人が出てくるのに気が付いて、私はその場を離れた。

「これからどうしよう」

 夕日はもう沈んだけど、まだまだ西の空は明るさを保っていた。夜明けまで待てって言われても、まだまだ時間がある。

 独り言をつぶやいてみても、誰も私を気にしてない。見えてない。私のほうから避けないと、みんなぶつかりにやってくる。歩きながらしばらく頑張って避けていたけど、試しに立ち止まってみた。

 真正面から私と同じ女子高生らしい制服の子が向かってくる。私のことなんてまったく気づいてない様子で、隣の子とずっとしゃべりながら真っ直ぐ向かってくる。

 ぶつかる! そう思って目を閉じた瞬間、体の中を風が吹き抜けるような奇妙な感覚がした。

 それだけで、私は誰ともぶつからなかった。

 すり抜けていく。私の体が煙になったみたいだ。自分の目にはこんなにもはっきりといつもの体が見えているのに……

「本当に幽霊になっちゃったんだ……」

 ショックじゃないっていえば、嘘になる。でも、ちょっとだけワクワクもした。

「飛べたりしないのかな」

 普段だったら、絶対こんなことしない。

 私は人混みのど真ん中でジャンプした。

 膝を軽く曲げて、地面を蹴って、そしたら――重力なんてないみたいに体がふわりと浮き上がった。

 小学校の時に遊んだトランポリンみたいに。でもそれよりもずっと軽やかに、ゆっくりと体が跳ね上がる。道行く人たちの頭上も飛び越えていく。

「わわっ」

 でも、空中でどうバランスを取ったらいいのかなんてわからなかった。支えを求めて腕を伸ばしてみても、空中にそんなものない。私はそのままバランスを崩して頭から地面に――叩きつけられることなく、くるっと回転して足から地面に着地した。

 片膝をついて、両手をピシッと広げてバランスを取って、すごく恥ずかしいポーズのはずなのに誰も見えてないから一人で赤くなるしかなかった。そしたら、サラリーマンの中年太りしたお腹が私の顔を素通りしていった。

 気分はよくなかった。

 見えないとはいえスカートの中が気になるし、あんまり跳ばないようにしよう。人をすり抜けるのもなんだか嫌な感じだし、なるべく避けるようにしよう。

 そんなことを心に決めて、私の一晩だけの幽霊生活がスタートした。