「なかなか、出てこないね……」

 順調に子どもを産んでいたけど、五匹目の子が難産な様子だった。

 先に生まれた子たちを舐めたり世話をしながら、たまに鳴き声を上げながらふんばっても生まれてこない。

 明らかに、他の子たちよりも時間がかかっていた。

「大丈夫なんかな」

「わかんない」

 床材についた血の跡が増えていく。

「あ、生まれた!」

 ポロン、とハムスターのお腹から赤ちゃんが全身をあらわした。

 すかさずお母さんハムスターがその赤ちゃんを舐める。

 けど、様子がおかしかった。

 今までの赤ちゃんはお母さんにくわえられたり刺激されると、元気に手足を動かしたりあくびみたいに大きな口を開けて元気に動いていた。

 でも、この子は違う。

 ぐったりとして、動かない。

 他の子みたいなあざやかなピンクをしてなくて、なんだか色が悪い。

 もしかして……

 そう思った瞬間、私はチヒロに目隠しをされていた。

「出よう」

 目隠しをされたまま、私はチヒロに体を押されてケージの前から引き離される。

「どうしたの!?」

 ケージのある部屋から広場に戻って、私はようやく目隠しから解放された。

 自動扉から差し込む月明かりで、チヒロの顔がよく見える。

 チヒロの顔色が悪い気がしたのは、さっき見た色の悪さが目に残っているせいだけじゃないと思う。

 チヒロが重たい口を開いた。

「食っとった」

「えっ!」

「死産やったんやろ。聞いたことあるわ。死ねば我が子も、生き残った子を育てるための栄養源や。惨いけど、しゃあない」

 達観したチヒロの言葉に、私は「そう……」と返すしかなかった。

 ペット化されているとはいえ、ハムスターだって元は野生動物だ。

 そういう野生の本能が残っていても不思議じゃない。

 自然の摂理とわかっていても、人間の私にはなかなか受け入れられないものがあった。

 私とチヒロが口数少なくふれあい広場を出ると、空は白み始めていた。

 水干の犬は夜明けまで待つよう私に言った。

 その夜明けが、迫っていた。