芙蓉と夕夜は、同じ団地の別棟の1階に移り、甘く幸せな新婚生活を送っている。
「実は、エレベーターなしの5階だと、忘れ物した時、なかなかキツかったから、1階の部屋が空くのを待ってたんだよね」
 そう言って夕夜は笑っていた。
 ある日、芙蓉は仕事が休みだったこともあり、バイクでひとっ走りすることにした。
 残暑の厳しさも和らいできた頃なので、山に向かう国道を走っている間、風が心地いい。
 道の駅にバイクを停めると、岩魚の塩焼きが目に入ったので、ベンチでのんびり食べることにした。
 土曜日ということもあり、そこそこ人で賑わっている。
 家族連れやバスツアー客が多い中、一人だけ異様な雰囲気の女性が居た。
 髪は乱れ、手ぶらで靴も片方しかなく、ずっと泣いているのだ。
 誰も彼女に声をかけることもなく、ただジロジロ見ながらヒソヒソ言うだけなので、芙蓉は、人々の薄情さに幻滅しつつ、その女性のもとに向かった。