「悪いけど、出勤時刻が早いから先に休んでるね。ふうちゃんは気にせずゆっくりしてて」
「ありがとう。おやすみなさい」
 夕夜の背中を見つめながら、芙蓉は不思議なほどの安心感に包まれていた。
(初めて会った時から、夕夜さんと一緒だと、本当に安らぐのよね…。なんだか、鬼畜の家から救い出してくれた騎士みたい)
 芙蓉は、シャワーを済ませたあと、冷えたサイダーを飲みながら、あれこれ考えた。
(叶うものなら、このまま家には二度と戻りたくない。だけど、いつまでも居候するわけにもいかないし、大学も辞めて自立したいな)
 求人誌を眺め、気になる仕事にいくつかマルをつけると、芙蓉も眠ることにした。
 翌朝、芙蓉が目覚めると、夕夜はもう既に出かけていた。
 それもそのはずで、パン職人の朝は早い。
 店によっては、早朝どころか深夜出勤のところもあるが、夕夜の勤務先は6時出勤。
 それでも充分早いが、ここから目と鼻の先なのは、せめてもの救いだろう。