冤罪から死に戻った悪女は魔法伯の花嫁に望まれる

 けれども顔を歪ませたヨハニスが言葉を発するより早く、イグナーツの転移術が発動した。ヨハニスとヘレンの足元に浮かぶ魔法陣が二人を包み込み、その姿はあっという間に光に呑み込まれて消える。やがて、光の残滓も消えてなくなった。
 誰も言葉を発さない。否、発せない。

 目の前で第一王子が消えた。それも悪魔とともに。

 衝撃で動けなくなっても無理はない。事前に転移術を使うと知らされていたルーリエもいざその場面を見ると、床に影が縫い止められたように驚きを隠せなかったのだから。
 短いようで長い沈黙を破ったのは、イグナーツの足音だった。
 コツン、コツンと靴音が広間に反響する。彼はすたすたと歩いたかと思えば、突然くるりと振り返り、ルーリエの前で片膝をつく。
 まるで騎士が姫に永遠の忠誠を誓うように。