他人の眼で読むと・自分の眼も、鼻も、他人に変わる・・

自分の眼で読もうよ・・・君よ・・貴方よ・・

読んだ香りも味も自分で感じなければ本物でない。

貴方・・他人の眼で読んで居ないかい?

読む軸足は自分だと確認して・・・

貴方と文字の間に誰かが居ないかい・・??

貴方に読ませて居る人が居ないかい。

他人の眼で読んだら感想も疑問も湧かない。

解って居ながら受け身で読んだり・・聞くこともある・・

それはひとつの手段であり・・

一時的な情報を集めるためだ。

他人の眼で他人の立場で読むと、心が盗み取られる・・

魂を抜き取られるんだよ。

自分の眼で自分の立場で読もうよ・・ね・・

折角・・魂と「自我」と「煩悩」を貰った人間だから・・

自分の「自我」で読もうよ。自分の「我」で考えようよ。

自分の「煩悩」で決断しようよ。

この動きに拘らないと「魂」が抜けてしまうんよ。

疑問が湧いても貴方の疑問は「読ませて居る人の「疑問」だよ。

自分の疑問や比較は、免疫や批判を活用する確かめになる。

自立を護る免疫性を持つために・・

はてな・・と疑問を持つことが・・・第一段階

何で・・と言う疑問を持てばそれが・・第2段階

だからどうしたの・・・・と追及したら・・それが第3段階・・・

心を盗まれないために・・

1から3のステップを踏もうよ・・・

読まされないために・・

言葉の裏方で変わった様子を掴みながら

疑問を持てば、読む立場が貴方自身なのだ・。

それからどうした・・するとどうなる・・・

もっと見えない様子を抉れ・・

疑問を切り込め・・

何人もの「自我」が鋭い活躍する時だ。

小さい時から訓練しないと身に付かない。

この訓練が心の成長なのだ。

最悪の計算の出来る心を鍛えよう・・

損・・得で読もう・・打算ではない・・・

活躍する「魂」の免疫が育つ時だ。

理屈屋…曲者と言われて良い。

疑問の壁を高く積み上げてね・・・

信ずる言葉の顔が、威厳を持って光り輝くために・・