団長室を出たフレイヤとシルヴェリオとオルフェンは再び王城へと戻り、王城で働く人たちが利用している食堂へと向かった。
昼食の時間帯ではなくどちらかというとティータイムのため、多くはないがそれなりに客が入っている。彼らは紅茶やケーキを頼み、仕事の合間の休息をとっているようだ。
食堂はコルティノーヴィス香水工房の調香室が十個以上は入るほど広く、天井から床まである大きな窓からは綺麗に整えられた植木や花壇が見える。
高い天井には宝石のように煌めくシャンデリアが下がっており、フレイヤは生れて初めてみるシャンデリアの煌びやかさを眩く思った。
壁は白色でシンプルだがモールディングを施しているため重厚感がある。柱もまた白く、植物をあしらったレリーフが施されており豪奢だ。
いくつも並ぶ縦長のテーブルには厚みのある真っ白なクロスが敷かれており、その上には深い青色のクロスが横断するように敷かれ、等間隔に花を生けた花瓶が置かれている。
おまけに椅子は数人掛けの長椅子ではなく、飴色の木で作られた豪奢な装飾をあしらった背もたれのある艶のある座椅子だ。
座面はワインのように深い赤色の天鵞絨が貼られており、座り心地が良さそうだ。
そして床には鏡面のように磨かれた白色の大理石が敷きつめられている。少しでも靴の汚れをつけてしまったらどうしようかと、不安になったフレイヤは足を震わせながら歩く。
(食堂と聞いていたけど、私が想像していた食堂と全く違った……!)
フレイヤは内心頭を抱えた。たしかに食堂らしい長机が置かれているが、その他は貴族の利用するレストランの内装に使われていそうなものばかりだ。
『うわ~、まるで貴族の館みたいな内装だね。食堂って感じはしないなぁ』
自身の気持ちを代弁してくれているようなオルフェンの言葉に、フレイヤはこくこくと頷く。
平民の利用する食堂は調理場が近くにあるが、この食堂では調理場は別の部屋にあり、ウェイターやウェイトレスたちが行き来して料理を運んでいる。やはり食堂というより貴族の館、もしくは貴族向けの高級レストランだ。
フレイヤは豪奢な内装にすっかり気後れしてしまった。
「フレイさん、どうぞこの席に」
「あ、ありがとうございます」
シルヴェリオが窓辺にあるテーブルの、外の景色が良く見える場所の椅子を引いてフレイヤに座るよう促す。
フレイヤは促されるまま椅子に腰掛けた。全員が席につくと、ウェイターが来て注文をとってくれた。
「シルヴェリオ様も普段はここで昼食をとるのですか?」
「たまにここで食事をとることもあるが、ほとんど黒の魔塔の中にある食堂を利用しているな」
「黒の魔塔の中にも食堂があるんですね」
「ああ、たまに黒の魔塔の食堂で出される料理が気になって騎士が入り込んでくることもある。城仕えの者たちも来たことがあるが、さすがに追い出されていた」
「好奇心旺盛な方たちがいるのですね……」
この食堂に入るのでさえ畏れ多く思っているフレイヤからすると、彼らの豪胆さが羨ましい。
「黒の魔塔の食堂で出される料理の人気メニューは何ですか?」
「一番は火牛のローストビーフを挟んだパンのセットだな。すぐに食べられるし持ち帰りができるメニューだから、研究職の魔導士たちからの人気が高い」
「研究に集中している時は手短に食べられる方がいいのかもしれませんね」
「それに研究にのめり込み過ぎて食事を忘れる者が多いから、栄養失調にならないよう団長がパンを買って来てそれぞれの口の中に突っ込んでいる姿をよく見かける」
「口の中に突っ込んで……部下たちの健康状態を気遣っているんですね」
あの上品な雰囲気の団長――ジュスタ男爵が袋一杯のパンを抱えて研究室に入り、魔導士たちの口に突っ込むとはかなりシュールな光景だ。
「お待たせしました。こちらが当店自慢のザッハトルテです」
ウェイターがやって来て、フレイヤとシルヴェリオとオルフェンそれぞれの前にザッハトルテとバラの形を模したホイップクリームが乗せられた皿と紅茶を置く。
ザッハトルテの天面は艶やかなチョコレートが美しく、その下はチョコレートがよく染み込んだスポンジとアプリコットジャムが層になっている。
フレイヤはザッハトルテに釘付けになった。
「これが噂の王宮のザッハトルテ……!」
「遠慮なく食べてくれ」
「それではお言葉に甘えて、いただきます!」
フレイヤはフォークでザッハトルテをひと口大に切り分けると、口元に運んでぱくりと食べる。途端に若草色の目がとろりと蕩けた。
「濃厚なチョコレートと生地に挟みこまれたアプリコットジャムの甘酸っぱさの絶妙なハーモニーが最高です! それに、表面にあるチョコレートの糖衣のシャリシャリとした食感が楽しいです」
「気に入ったようで良かった」
シルヴェリオは相槌を打ちつつ、幸せそうに目を閉じて味わうフレイヤを見守る。フォークを持った手は止まったままだ。
ザッハトルテにすっかり夢中なフレイヤは視線に気づくことなく、うっとりとした表情でまたひと口食べる。
オルフェンはシルヴェリオがフレイヤに向ける視線に気づいていたが、まただと言わんばかりに小さく肩を竦めるだけだった。
「フレイさん、祭に同行する約束を守れなくて本当にすまない」
「い、いえ! 大切なお仕事があるので気にしないでください!」
「……実は祭の日に、フレイさんに食べてもらいたい菓子を出している店に立ち寄ろうと思っていたんだ」
「お、お菓子……?」
菓子、と聞こえてフレイヤは興味を示す。ザッハトルテを乗せたフォークを持つ手が宙で止まった。
「実は、アイスクリームで作ったケーキを販売している店があるらしい」
「アイスクリームでケーキを作れるのですか?!」
やや食いつき気味なフレイヤの様子に、シルヴェリオの口元が緩む。
シルヴェリオの微笑みを見た周りの客から微かなどよめきが聞こえてきたのだが、フレイヤもシルヴェリオも気づかなかった。フレイヤはアイスクリームのケーキに、シルヴェリオはフレイヤの反応にすっかり気をとられている。
「そのようだ。見目は普通のケーキのようだが食べるとくちどけが滑らかで冷たい、と聞いた」
「冷たいケーキ……今からの季節にぴったりで食べてみたいです」
「それなら、建国祭が終わったら店に行こう。工房の休みの日に合わせて俺も休みをとる」
「ぜひ行きたいです! ご褒美があると思えば、建国祭の香水作りも乗り越えられます!」
「――ふっ」
あっさりと誘惑に負けたフレイヤが埋め合わせに応じてくれた。想像通りの展開に、シルヴェリオは思わず笑い声を零す。
「フレイさんの力になれそうでよかった」
お菓子で釣って埋め合わせの約束を獲得したシルヴェリオは、満足そうにザッハトルテを食べた。
普段は自分から甘い物を食べようとしないため菓子の好き嫌いはないシルヴェリオだが、ほろ苦さと甘酸っぱさの組み合わせがほど良いこのケーキは、どこか好ましいと思えた。
昼食の時間帯ではなくどちらかというとティータイムのため、多くはないがそれなりに客が入っている。彼らは紅茶やケーキを頼み、仕事の合間の休息をとっているようだ。
食堂はコルティノーヴィス香水工房の調香室が十個以上は入るほど広く、天井から床まである大きな窓からは綺麗に整えられた植木や花壇が見える。
高い天井には宝石のように煌めくシャンデリアが下がっており、フレイヤは生れて初めてみるシャンデリアの煌びやかさを眩く思った。
壁は白色でシンプルだがモールディングを施しているため重厚感がある。柱もまた白く、植物をあしらったレリーフが施されており豪奢だ。
いくつも並ぶ縦長のテーブルには厚みのある真っ白なクロスが敷かれており、その上には深い青色のクロスが横断するように敷かれ、等間隔に花を生けた花瓶が置かれている。
おまけに椅子は数人掛けの長椅子ではなく、飴色の木で作られた豪奢な装飾をあしらった背もたれのある艶のある座椅子だ。
座面はワインのように深い赤色の天鵞絨が貼られており、座り心地が良さそうだ。
そして床には鏡面のように磨かれた白色の大理石が敷きつめられている。少しでも靴の汚れをつけてしまったらどうしようかと、不安になったフレイヤは足を震わせながら歩く。
(食堂と聞いていたけど、私が想像していた食堂と全く違った……!)
フレイヤは内心頭を抱えた。たしかに食堂らしい長机が置かれているが、その他は貴族の利用するレストランの内装に使われていそうなものばかりだ。
『うわ~、まるで貴族の館みたいな内装だね。食堂って感じはしないなぁ』
自身の気持ちを代弁してくれているようなオルフェンの言葉に、フレイヤはこくこくと頷く。
平民の利用する食堂は調理場が近くにあるが、この食堂では調理場は別の部屋にあり、ウェイターやウェイトレスたちが行き来して料理を運んでいる。やはり食堂というより貴族の館、もしくは貴族向けの高級レストランだ。
フレイヤは豪奢な内装にすっかり気後れしてしまった。
「フレイさん、どうぞこの席に」
「あ、ありがとうございます」
シルヴェリオが窓辺にあるテーブルの、外の景色が良く見える場所の椅子を引いてフレイヤに座るよう促す。
フレイヤは促されるまま椅子に腰掛けた。全員が席につくと、ウェイターが来て注文をとってくれた。
「シルヴェリオ様も普段はここで昼食をとるのですか?」
「たまにここで食事をとることもあるが、ほとんど黒の魔塔の中にある食堂を利用しているな」
「黒の魔塔の中にも食堂があるんですね」
「ああ、たまに黒の魔塔の食堂で出される料理が気になって騎士が入り込んでくることもある。城仕えの者たちも来たことがあるが、さすがに追い出されていた」
「好奇心旺盛な方たちがいるのですね……」
この食堂に入るのでさえ畏れ多く思っているフレイヤからすると、彼らの豪胆さが羨ましい。
「黒の魔塔の食堂で出される料理の人気メニューは何ですか?」
「一番は火牛のローストビーフを挟んだパンのセットだな。すぐに食べられるし持ち帰りができるメニューだから、研究職の魔導士たちからの人気が高い」
「研究に集中している時は手短に食べられる方がいいのかもしれませんね」
「それに研究にのめり込み過ぎて食事を忘れる者が多いから、栄養失調にならないよう団長がパンを買って来てそれぞれの口の中に突っ込んでいる姿をよく見かける」
「口の中に突っ込んで……部下たちの健康状態を気遣っているんですね」
あの上品な雰囲気の団長――ジュスタ男爵が袋一杯のパンを抱えて研究室に入り、魔導士たちの口に突っ込むとはかなりシュールな光景だ。
「お待たせしました。こちらが当店自慢のザッハトルテです」
ウェイターがやって来て、フレイヤとシルヴェリオとオルフェンそれぞれの前にザッハトルテとバラの形を模したホイップクリームが乗せられた皿と紅茶を置く。
ザッハトルテの天面は艶やかなチョコレートが美しく、その下はチョコレートがよく染み込んだスポンジとアプリコットジャムが層になっている。
フレイヤはザッハトルテに釘付けになった。
「これが噂の王宮のザッハトルテ……!」
「遠慮なく食べてくれ」
「それではお言葉に甘えて、いただきます!」
フレイヤはフォークでザッハトルテをひと口大に切り分けると、口元に運んでぱくりと食べる。途端に若草色の目がとろりと蕩けた。
「濃厚なチョコレートと生地に挟みこまれたアプリコットジャムの甘酸っぱさの絶妙なハーモニーが最高です! それに、表面にあるチョコレートの糖衣のシャリシャリとした食感が楽しいです」
「気に入ったようで良かった」
シルヴェリオは相槌を打ちつつ、幸せそうに目を閉じて味わうフレイヤを見守る。フォークを持った手は止まったままだ。
ザッハトルテにすっかり夢中なフレイヤは視線に気づくことなく、うっとりとした表情でまたひと口食べる。
オルフェンはシルヴェリオがフレイヤに向ける視線に気づいていたが、まただと言わんばかりに小さく肩を竦めるだけだった。
「フレイさん、祭に同行する約束を守れなくて本当にすまない」
「い、いえ! 大切なお仕事があるので気にしないでください!」
「……実は祭の日に、フレイさんに食べてもらいたい菓子を出している店に立ち寄ろうと思っていたんだ」
「お、お菓子……?」
菓子、と聞こえてフレイヤは興味を示す。ザッハトルテを乗せたフォークを持つ手が宙で止まった。
「実は、アイスクリームで作ったケーキを販売している店があるらしい」
「アイスクリームでケーキを作れるのですか?!」
やや食いつき気味なフレイヤの様子に、シルヴェリオの口元が緩む。
シルヴェリオの微笑みを見た周りの客から微かなどよめきが聞こえてきたのだが、フレイヤもシルヴェリオも気づかなかった。フレイヤはアイスクリームのケーキに、シルヴェリオはフレイヤの反応にすっかり気をとられている。
「そのようだ。見目は普通のケーキのようだが食べるとくちどけが滑らかで冷たい、と聞いた」
「冷たいケーキ……今からの季節にぴったりで食べてみたいです」
「それなら、建国祭が終わったら店に行こう。工房の休みの日に合わせて俺も休みをとる」
「ぜひ行きたいです! ご褒美があると思えば、建国祭の香水作りも乗り越えられます!」
「――ふっ」
あっさりと誘惑に負けたフレイヤが埋め合わせに応じてくれた。想像通りの展開に、シルヴェリオは思わず笑い声を零す。
「フレイさんの力になれそうでよかった」
お菓子で釣って埋め合わせの約束を獲得したシルヴェリオは、満足そうにザッハトルテを食べた。
普段は自分から甘い物を食べようとしないため菓子の好き嫌いはないシルヴェリオだが、ほろ苦さと甘酸っぱさの組み合わせがほど良いこのケーキは、どこか好ましいと思えた。


