※申し訳ございません。前話でケーキの名前を間違えていました。ガトーショコラではなくザッハトルテです。チョコレートケーキ繋がりで間違えてしまいました><
フレイヤとシルヴェリオとオルフェンが団長室を出ると、ジュスタ男爵も仕事のため退室した。
部屋に残ったのは、ネストレとレオナルドのみ。団長と副団長、そして従兄弟でもある二人だ。
レオナルドはシルヴェリオが座っていた席を見遣る。
「まさかコルティノーヴィス卿が声を上げて笑うとは……人は変わるものですね」
「そうだな。シルはルアルディ殿のおかげで随分穏やかになった」
レオナルドが知るシルヴェリオ・コルティノーヴィスは常時仏頂面で冷徹で感情の読めない人間だ。
しかし先ほどの打合せで見たシルヴェリオはフレイヤ・ルアルディのために表情を変えては彼女を気遣っていた。
あまりの変わりように、別人が姿かたちを魔法で似せて成り代わっていたのではないかと疑いさえした。
「レオナルドはルアルディ殿を見てどう思った?」
「……どう、とは?」
「ルアルディ殿がイェレアス侯爵家の系譜に名を連ねる者かどうか、ということだ。祖父が調べていることは知っているよ。ルアルディ殿の故郷であるコルティノーヴィス伯爵領に何度か足を運んだそうだね?」
「ええ、初めは王妃殿下のためにルアルディ殿を探し出して連れ帰ることが目的でした。彼女の作った香水を称賛したことでクビにされたと知って心をいためていらっしゃいましたから」
その道中、政敵に魔物を差し向けられて危機に瀕していたところをフレイヤとシルヴェリオに助けられる。
フレイヤの容姿を見た瞬間に、前イェレアス侯爵はフレイヤから失踪した弟のカエリアン・イェレアスの面影を感じ取った。
偶然かもしれないが、フレイヤの父方の祖父もかつて修道士だったらしい。
そしてフレイヤから感じ取る雰囲気や性格が弟に似ていると思った前イェレアス侯爵は、フレイヤの調査を始めた。
呪いが解けて目覚めたネストレに、見舞いに来たイェレアス侯爵がそう話したのだ。
同席していた国王と王妃も聞いており、それ以来王家も密かにルアルディ家を調べている。
ルアルディ家は代々コルティノーヴィス伯爵領で薬草雑貨店を営んでおり、それ以外特筆すべき点はないごく平凡な平民の一家だ。
カリオ・ルアルディが現れてからも特段その生活ぶりに変化はなかった。
彼らの営む<薬草雑貨店ルアルディ>に入ってみたが、これといってカエリアン・イェレアスの痕跡をつかめるようなものはなかった。
平民だから肖像画はなく、イェレアス侯爵家が得意とする製薬技術を生かした商品も見当たらなかったのだ。
「ルアルディとの祈祷に参加したテレンスもルアルディ殿に興味を示していたよ。祖父の弟に似ていると言ってね」
「私も父も祈祷後のテレンスからその報告を聞きました。今日お会いしただけでは分かりませんでしたが、祖父もテレンスもルアルディ殿の性格はカエリアン・イェレアスと似ていると思っているようです」
「それで、イェレアス侯爵家はルアルディ殿が一族の血を引いている可能性があると考えて調べているのだろう?」
「ええ、もしも彼女にイェレアス侯爵家の血が流れており、一族の力を受け継いでいるのであれば、保護しなければなりませんから」
イェレアス侯爵家は騎士団長や神殿長を輩出しており、その他にも魔法の研究や医療の発展に貢献してきた名家。
一族の始まりは薬商と言われており、初代当主が特効薬を開発して初代国王の病を癒したことが発端で王家から重用されていると言い伝えられている。
しかしそれは表向きの歴史だ。実際にイェレアス侯爵家が王家の信用を勝ち取り、この国で王家の次に強い力を持つようになったのは、彼らの一族に受け継がれる特別な力を国と王家のために使ってきたからだ。
イェレアス侯爵家の人間の中には稀に、祝福を付与できる能力を持つ者が生まれる。
ある者は祝福で薬の効果を上げて重篤な病を癒し、またある者は剣に付与して数千匹もの魔物を瞬時に屠ったのだと、イェレアス侯爵家と王家の間にのみ密かに受け継がれている歴史書に記されている。
「ルアルディ殿の祖父の可能性があるカエリアン・イェレアスは祝福を授ける力を持っていましたから、もしもルアルディ殿が孫であるのなら受け継いでいる可能性が高いです。現にルアルディ殿が調香した香水でネストレ殿下は呪いを解呪していない状態で意識を取り戻しましたし、密偵に調べさせたところによると、ルアルディ殿は一部の王都の住民から祝福の調香師と呼ばれているそうです。なので父も祖父もルアルディ殿がカエリアン・イェレアスの孫娘だと信じています」
「とはいえ、決定的な証拠もなく断定するわけではないだろう?」
「はい、いずれルアルディ殿の魔力を調べるつもりです。聖属性魔法に特化しているテレンスは祝福を感知できますので、ルアルディ殿の作った香水に祝福が付与されているかを確認させます」
ネストレはやや眉根を寄せると、顎に手を添える。
「もしもルアルディがイェレアス侯爵家の血を引いていたとすれば、本当にただ保護するだけではないだろう?」
「……ルアルディ殿をイェレアス侯爵家の籍に入れて保護をする場合は、相応の義務が課せられることにはなります」
否定も肯定もしないが、ただの保護ではないとほのめかしている。
ネストレはふっと笑い声を零した。いつもの温和な彼らしくない、冷ややかさの含む笑い声だ。
「保護は名目で、祝福の力の流出を防ぎたいだけだろう?」
「稀少な力を悪用されないように管理することも、我々イェレアス侯爵家の責務ですから」
レオナルドはネストレの豹変に動揺することなく淡々と答える。
生まれながらにして王国随一の名家の嫡男として育った彼は、力を持つ者は義務を全うすべきだという信念がある。
だからフレイヤがもし一族の血を持って生まれているのであれば、彼女もその義務を背負うのは当然のことで、突然義務を背負わすことに後ろめたさはないのだ。
「祖父がルアルディ殿を気に入っていますから、政略結婚を強いたりはしません。ネストレ殿下が気にしているのは、その点ですよね?」
「それだけではないが……まあ、一番懸念していたことではあるな」
友人であるシルヴェリオの恋の障壁は増えてほしくない。
もしもフレイヤがイェレアス侯爵家の一員として政略結婚をするとなれば、真面目なシルヴェリオはフレイヤが貴族の世界で生きていくために必要な事だと言って諦めるかもしれない。
出生に負い目を感じて生きてきたシルヴェリオは、自分の気持ちを抑えることに慣れ過ぎている。
「とはいえルアルディ殿が貴族籍に入ってくれた方が利がありそうだ。ルアルディ殿も貴族になら、シルとルアルディが付き合うことになっても身分差がどうのこうのと外野が口を挟む口実がなくなるからな」
エイレーネ王国では稀に平民と貴族が結婚するというシンデレラストーリーがあるが、未だに身分差の恋や貴族の恋愛結婚は歓迎されていない。
「シルの恋は前途多難だ。建国祭ではぜひルアルディ殿と楽しい一日を過ごしてもらいたかったのだが、上手くいかないものだな」
ネストレは溜息をつきつつ、目の前にある火の死霊竜の調査結果の資料に視線を落とした。
フレイヤとシルヴェリオとオルフェンが団長室を出ると、ジュスタ男爵も仕事のため退室した。
部屋に残ったのは、ネストレとレオナルドのみ。団長と副団長、そして従兄弟でもある二人だ。
レオナルドはシルヴェリオが座っていた席を見遣る。
「まさかコルティノーヴィス卿が声を上げて笑うとは……人は変わるものですね」
「そうだな。シルはルアルディ殿のおかげで随分穏やかになった」
レオナルドが知るシルヴェリオ・コルティノーヴィスは常時仏頂面で冷徹で感情の読めない人間だ。
しかし先ほどの打合せで見たシルヴェリオはフレイヤ・ルアルディのために表情を変えては彼女を気遣っていた。
あまりの変わりように、別人が姿かたちを魔法で似せて成り代わっていたのではないかと疑いさえした。
「レオナルドはルアルディ殿を見てどう思った?」
「……どう、とは?」
「ルアルディ殿がイェレアス侯爵家の系譜に名を連ねる者かどうか、ということだ。祖父が調べていることは知っているよ。ルアルディ殿の故郷であるコルティノーヴィス伯爵領に何度か足を運んだそうだね?」
「ええ、初めは王妃殿下のためにルアルディ殿を探し出して連れ帰ることが目的でした。彼女の作った香水を称賛したことでクビにされたと知って心をいためていらっしゃいましたから」
その道中、政敵に魔物を差し向けられて危機に瀕していたところをフレイヤとシルヴェリオに助けられる。
フレイヤの容姿を見た瞬間に、前イェレアス侯爵はフレイヤから失踪した弟のカエリアン・イェレアスの面影を感じ取った。
偶然かもしれないが、フレイヤの父方の祖父もかつて修道士だったらしい。
そしてフレイヤから感じ取る雰囲気や性格が弟に似ていると思った前イェレアス侯爵は、フレイヤの調査を始めた。
呪いが解けて目覚めたネストレに、見舞いに来たイェレアス侯爵がそう話したのだ。
同席していた国王と王妃も聞いており、それ以来王家も密かにルアルディ家を調べている。
ルアルディ家は代々コルティノーヴィス伯爵領で薬草雑貨店を営んでおり、それ以外特筆すべき点はないごく平凡な平民の一家だ。
カリオ・ルアルディが現れてからも特段その生活ぶりに変化はなかった。
彼らの営む<薬草雑貨店ルアルディ>に入ってみたが、これといってカエリアン・イェレアスの痕跡をつかめるようなものはなかった。
平民だから肖像画はなく、イェレアス侯爵家が得意とする製薬技術を生かした商品も見当たらなかったのだ。
「ルアルディとの祈祷に参加したテレンスもルアルディ殿に興味を示していたよ。祖父の弟に似ていると言ってね」
「私も父も祈祷後のテレンスからその報告を聞きました。今日お会いしただけでは分かりませんでしたが、祖父もテレンスもルアルディ殿の性格はカエリアン・イェレアスと似ていると思っているようです」
「それで、イェレアス侯爵家はルアルディ殿が一族の血を引いている可能性があると考えて調べているのだろう?」
「ええ、もしも彼女にイェレアス侯爵家の血が流れており、一族の力を受け継いでいるのであれば、保護しなければなりませんから」
イェレアス侯爵家は騎士団長や神殿長を輩出しており、その他にも魔法の研究や医療の発展に貢献してきた名家。
一族の始まりは薬商と言われており、初代当主が特効薬を開発して初代国王の病を癒したことが発端で王家から重用されていると言い伝えられている。
しかしそれは表向きの歴史だ。実際にイェレアス侯爵家が王家の信用を勝ち取り、この国で王家の次に強い力を持つようになったのは、彼らの一族に受け継がれる特別な力を国と王家のために使ってきたからだ。
イェレアス侯爵家の人間の中には稀に、祝福を付与できる能力を持つ者が生まれる。
ある者は祝福で薬の効果を上げて重篤な病を癒し、またある者は剣に付与して数千匹もの魔物を瞬時に屠ったのだと、イェレアス侯爵家と王家の間にのみ密かに受け継がれている歴史書に記されている。
「ルアルディ殿の祖父の可能性があるカエリアン・イェレアスは祝福を授ける力を持っていましたから、もしもルアルディ殿が孫であるのなら受け継いでいる可能性が高いです。現にルアルディ殿が調香した香水でネストレ殿下は呪いを解呪していない状態で意識を取り戻しましたし、密偵に調べさせたところによると、ルアルディ殿は一部の王都の住民から祝福の調香師と呼ばれているそうです。なので父も祖父もルアルディ殿がカエリアン・イェレアスの孫娘だと信じています」
「とはいえ、決定的な証拠もなく断定するわけではないだろう?」
「はい、いずれルアルディ殿の魔力を調べるつもりです。聖属性魔法に特化しているテレンスは祝福を感知できますので、ルアルディ殿の作った香水に祝福が付与されているかを確認させます」
ネストレはやや眉根を寄せると、顎に手を添える。
「もしもルアルディがイェレアス侯爵家の血を引いていたとすれば、本当にただ保護するだけではないだろう?」
「……ルアルディ殿をイェレアス侯爵家の籍に入れて保護をする場合は、相応の義務が課せられることにはなります」
否定も肯定もしないが、ただの保護ではないとほのめかしている。
ネストレはふっと笑い声を零した。いつもの温和な彼らしくない、冷ややかさの含む笑い声だ。
「保護は名目で、祝福の力の流出を防ぎたいだけだろう?」
「稀少な力を悪用されないように管理することも、我々イェレアス侯爵家の責務ですから」
レオナルドはネストレの豹変に動揺することなく淡々と答える。
生まれながらにして王国随一の名家の嫡男として育った彼は、力を持つ者は義務を全うすべきだという信念がある。
だからフレイヤがもし一族の血を持って生まれているのであれば、彼女もその義務を背負うのは当然のことで、突然義務を背負わすことに後ろめたさはないのだ。
「祖父がルアルディ殿を気に入っていますから、政略結婚を強いたりはしません。ネストレ殿下が気にしているのは、その点ですよね?」
「それだけではないが……まあ、一番懸念していたことではあるな」
友人であるシルヴェリオの恋の障壁は増えてほしくない。
もしもフレイヤがイェレアス侯爵家の一員として政略結婚をするとなれば、真面目なシルヴェリオはフレイヤが貴族の世界で生きていくために必要な事だと言って諦めるかもしれない。
出生に負い目を感じて生きてきたシルヴェリオは、自分の気持ちを抑えることに慣れ過ぎている。
「とはいえルアルディ殿が貴族籍に入ってくれた方が利がありそうだ。ルアルディ殿も貴族になら、シルとルアルディが付き合うことになっても身分差がどうのこうのと外野が口を挟む口実がなくなるからな」
エイレーネ王国では稀に平民と貴族が結婚するというシンデレラストーリーがあるが、未だに身分差の恋や貴族の恋愛結婚は歓迎されていない。
「シルの恋は前途多難だ。建国祭ではぜひルアルディ殿と楽しい一日を過ごしてもらいたかったのだが、上手くいかないものだな」
ネストレは溜息をつきつつ、目の前にある火の死霊竜の調査結果の資料に視線を落とした。


