「アーディル殿下……どうしてここに?」
シルヴェリオが問うと、アーディルは唇の片端を上げた。
「ラグナ殿が失踪したと聞いて、探しに来たんだ。そうしたら、ラベクがアイリック殿の香水の香り嗅ぎつけたものでね。何かあったのではないかと思い、来てみたのだよ」
「……王宮から出かける際には、我が国の騎士が同行するはずですが、どこにいるのでしょうか?」
シルヴェリオが半眼になって問う。
それを聞いたフレイヤは、思わず辺りを見回した。
しかし、エイレーネ王国の騎士団の服を着た人物は見当たらない。
(まさか、黙って抜け出してきたりは……しないよね?)
アーディルは優等生然とした容姿とは裏腹に、自由奔放な一面がある。
とはいえ、決まりを破ることはしないだろうと思っていたところで、アーディルが小さく笑う声が聞こえてきた。
「出かけると言えば、ネストレ殿があれこれうるさいだろうから、密かに出てきたのだ。王城から抜け出すのに、ずいぶん苦労したぞ」
フレイヤの予想に反して、アーディルはエイレーネ王国の王族が決めた規則を破ってきたのだった。
オルフェンが呆れた声で、『またなの?』と突っ込みを入れている。
どうやら、今回が初めてではないらしい。
「これで何度目だ……ネストレ殿下の苦労する顔が目に浮かぶ……」
シルヴェリオの声と表情に疲労が滲んでいる。
どうやら、常習犯らしい、とフレイヤは察するのだった。
随分と、自由気ままな王太子である。
「それにしても、ラベクが話し始めるとは意外だったな。私から皆に声をかけようと思っていたところだったのに」
「……差し出がましい真似をして申し訳ございません」
アーディルの言葉に、ラベクは深く頭を下げて謝罪した。
「僭越ながら、一人で行動することの無謀さや危険性を、ラグナ殿下にわかっていただきたかったのです。特に、あなた様はやんごとなき身の御方なのですから、一挙手一投足に注意を払わなければ、何も成せないまま身体的にも政治的にも命を落とす可能性があります。もしもそうなってしまった時、誠心誠意仕えている者たちは、言いようのない無力感に苛まれるでしょう」
「おい、ラベク。それはラグナ殿に言いたいのだよな? どうして私に向かって言うのだ?」
アーディルが怪訝そうな顔をする。
なんせ、ラベクはラグナへの言葉を口にしているのに、顔はアーディルに向けたままなのだ。
傍から見ると、アーディルに言い聞かせているように見える。
「ラグナ殿、ラベクに何か言ってやってはくれないか?」
「……ラベク殿の言う通りだわ。一人では、できることに限界がある。それに、私が身体的にも政治的にも命を落とせば、悲しむ者がいるわね。……だけど、そうとわかっていても、私は確実に宰相を葬り去りたいから、一人で動いたのよ。誰にも引き留められないように、ね」
「たしかに、我々は大切な主を守るために引き留めたり、主が望まない行動をとるかもしれません。……それでも、信じていただきたいのです。望んだ形ではなくとも、必ずや最良の結果をもたらすよう、尽力しますから」
ラベクは静かな声で、言葉を紡ぐ。相変わらず、アーディルの瞳をしっかりと見据えて。
「なあ、ラベク。どうして私の顔ばかり見て話す? その言葉は、ラグナ殿に伝えているのだろう?」
「アーディル殿下にもわかっていただきたく存じます」
「私はラベクを信用しているのだが?」
「……包み隠さず、想いを話していただきたいのです」
「……その話は、また今度だ。今は、ラグナ殿のことに話しを戻すぞ」
アーディルは空咳をして、場の空気を仕切り直す。
「コルティノーヴィス卿が拘束した誘拐犯には、そのままラグナ殿を誘拐させてオルメキア王国の宰相のもとへ運ばせよう。そこにエイレーネ王国の騎士団と魔導士団を向かわせる」
「それじゃあ、私が誘拐された現場を押さえさせるということかしら? それだと、宰相を死刑にできないかもしれないわ」
ラグナが不満げに言うと、アーディルがニヤリと不敵に笑った。
「いいや、宰相の手でラグナ殿を傷つけるように仕向けて、その現場を押さえる。王族を傷つけた事実があれば、処刑は免れない。――怪我を負う覚悟はあるか?」
「一度は命さえ捨てる覚悟だったのよ。怪我くらい、どうってことないわ」
迷いなく言い切るラグナの様子に、フレイヤの胸がざわめく。
もしも、ラグナが負った怪我が致命傷になってしまったら……。
そのような、悪い予感がしてしまうのだ。
不安そうに瞳を揺らしてラグナを見つめていると、視線に気づいたラグナが微笑みかけてくれる。
まるで子どもを安心させるかのように、フレイヤの手を握る。
「フレイヤさん、心配してくれてありがとう。深手を負わないように、気を付けるわ」
「第一王女殿下がご無事であるよう、祈ります」
フレイヤは目を閉じて、女神に祈る。その時、繋いだ手が微かに光を帯びた。
近くで見なければわからないほどの光だ。
「あら、フレイヤさんったら……」
その光に気づいたラグナは小さく零すと、笑みを浮かべる。
「温かな祝福をありがとう」
ゆっくりとフレイヤから手を離すと、立ち上がって、シルヴェリオに視線を移した。
「さあ、実行しましょう」
「かしこまりました。――オルフェン、フレイさんを頼んだ。コルティノーヴィス伯爵家の王都の屋敷で二人とも泊ってくれ。この後すぐに、姉上に連絡しておく」
『は~い』
のんびりと返事をするオルフェンの隣で、フレイヤは小さく震え始める。
「お屋敷に泊めていただくなんて、畏れ多いです! 自宅で大人しくします!」
「そうは言っても、これから王都中で魔法を使った戦闘が起こった場合、王都の屋敷は守りが頑丈だから安全なんだ。……あと、うちの料理人がフレイさんのために新作の菓子を振舞いたいと言っていたから、食べてやってくれ」
「新作のお菓子……! ぜひ、お邪魔します!」
先ほどまでの遠慮はどこへいったのやら、フレイヤは目を輝かせ、食い気味で返事をする。
成り行きを見守っていた一同は、思わず吹き出すのだった。
シルヴェリオが問うと、アーディルは唇の片端を上げた。
「ラグナ殿が失踪したと聞いて、探しに来たんだ。そうしたら、ラベクがアイリック殿の香水の香り嗅ぎつけたものでね。何かあったのではないかと思い、来てみたのだよ」
「……王宮から出かける際には、我が国の騎士が同行するはずですが、どこにいるのでしょうか?」
シルヴェリオが半眼になって問う。
それを聞いたフレイヤは、思わず辺りを見回した。
しかし、エイレーネ王国の騎士団の服を着た人物は見当たらない。
(まさか、黙って抜け出してきたりは……しないよね?)
アーディルは優等生然とした容姿とは裏腹に、自由奔放な一面がある。
とはいえ、決まりを破ることはしないだろうと思っていたところで、アーディルが小さく笑う声が聞こえてきた。
「出かけると言えば、ネストレ殿があれこれうるさいだろうから、密かに出てきたのだ。王城から抜け出すのに、ずいぶん苦労したぞ」
フレイヤの予想に反して、アーディルはエイレーネ王国の王族が決めた規則を破ってきたのだった。
オルフェンが呆れた声で、『またなの?』と突っ込みを入れている。
どうやら、今回が初めてではないらしい。
「これで何度目だ……ネストレ殿下の苦労する顔が目に浮かぶ……」
シルヴェリオの声と表情に疲労が滲んでいる。
どうやら、常習犯らしい、とフレイヤは察するのだった。
随分と、自由気ままな王太子である。
「それにしても、ラベクが話し始めるとは意外だったな。私から皆に声をかけようと思っていたところだったのに」
「……差し出がましい真似をして申し訳ございません」
アーディルの言葉に、ラベクは深く頭を下げて謝罪した。
「僭越ながら、一人で行動することの無謀さや危険性を、ラグナ殿下にわかっていただきたかったのです。特に、あなた様はやんごとなき身の御方なのですから、一挙手一投足に注意を払わなければ、何も成せないまま身体的にも政治的にも命を落とす可能性があります。もしもそうなってしまった時、誠心誠意仕えている者たちは、言いようのない無力感に苛まれるでしょう」
「おい、ラベク。それはラグナ殿に言いたいのだよな? どうして私に向かって言うのだ?」
アーディルが怪訝そうな顔をする。
なんせ、ラベクはラグナへの言葉を口にしているのに、顔はアーディルに向けたままなのだ。
傍から見ると、アーディルに言い聞かせているように見える。
「ラグナ殿、ラベクに何か言ってやってはくれないか?」
「……ラベク殿の言う通りだわ。一人では、できることに限界がある。それに、私が身体的にも政治的にも命を落とせば、悲しむ者がいるわね。……だけど、そうとわかっていても、私は確実に宰相を葬り去りたいから、一人で動いたのよ。誰にも引き留められないように、ね」
「たしかに、我々は大切な主を守るために引き留めたり、主が望まない行動をとるかもしれません。……それでも、信じていただきたいのです。望んだ形ではなくとも、必ずや最良の結果をもたらすよう、尽力しますから」
ラベクは静かな声で、言葉を紡ぐ。相変わらず、アーディルの瞳をしっかりと見据えて。
「なあ、ラベク。どうして私の顔ばかり見て話す? その言葉は、ラグナ殿に伝えているのだろう?」
「アーディル殿下にもわかっていただきたく存じます」
「私はラベクを信用しているのだが?」
「……包み隠さず、想いを話していただきたいのです」
「……その話は、また今度だ。今は、ラグナ殿のことに話しを戻すぞ」
アーディルは空咳をして、場の空気を仕切り直す。
「コルティノーヴィス卿が拘束した誘拐犯には、そのままラグナ殿を誘拐させてオルメキア王国の宰相のもとへ運ばせよう。そこにエイレーネ王国の騎士団と魔導士団を向かわせる」
「それじゃあ、私が誘拐された現場を押さえさせるということかしら? それだと、宰相を死刑にできないかもしれないわ」
ラグナが不満げに言うと、アーディルがニヤリと不敵に笑った。
「いいや、宰相の手でラグナ殿を傷つけるように仕向けて、その現場を押さえる。王族を傷つけた事実があれば、処刑は免れない。――怪我を負う覚悟はあるか?」
「一度は命さえ捨てる覚悟だったのよ。怪我くらい、どうってことないわ」
迷いなく言い切るラグナの様子に、フレイヤの胸がざわめく。
もしも、ラグナが負った怪我が致命傷になってしまったら……。
そのような、悪い予感がしてしまうのだ。
不安そうに瞳を揺らしてラグナを見つめていると、視線に気づいたラグナが微笑みかけてくれる。
まるで子どもを安心させるかのように、フレイヤの手を握る。
「フレイヤさん、心配してくれてありがとう。深手を負わないように、気を付けるわ」
「第一王女殿下がご無事であるよう、祈ります」
フレイヤは目を閉じて、女神に祈る。その時、繋いだ手が微かに光を帯びた。
近くで見なければわからないほどの光だ。
「あら、フレイヤさんったら……」
その光に気づいたラグナは小さく零すと、笑みを浮かべる。
「温かな祝福をありがとう」
ゆっくりとフレイヤから手を離すと、立ち上がって、シルヴェリオに視線を移した。
「さあ、実行しましょう」
「かしこまりました。――オルフェン、フレイさんを頼んだ。コルティノーヴィス伯爵家の王都の屋敷で二人とも泊ってくれ。この後すぐに、姉上に連絡しておく」
『は~い』
のんびりと返事をするオルフェンの隣で、フレイヤは小さく震え始める。
「お屋敷に泊めていただくなんて、畏れ多いです! 自宅で大人しくします!」
「そうは言っても、これから王都中で魔法を使った戦闘が起こった場合、王都の屋敷は守りが頑丈だから安全なんだ。……あと、うちの料理人がフレイさんのために新作の菓子を振舞いたいと言っていたから、食べてやってくれ」
「新作のお菓子……! ぜひ、お邪魔します!」
先ほどまでの遠慮はどこへいったのやら、フレイヤは目を輝かせ、食い気味で返事をする。
成り行きを見守っていた一同は、思わず吹き出すのだった。


