追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

 フレイヤの口を突いて、言葉が出てくる。 

「その袋の中身を見せていただけませんか?」

 その言葉を聞いた途端、男性は舌打ちをして、魔法の呪文を唱えた。

『くっ』

 オルフェンがフレイヤに手を翳して、早口で呪文を唱える。
 男性の魔法よりも早くにオルフェンの魔法が発動し、フレイヤの周りに仄かな白色の光を宿したドームが形成された。魔法防御のための結界だ。

 しかし、男性は結界を見てもせせら笑うだけだ。
 まるで、オルフェンが作った結界が無意味であるかのように。

 男性の指先がフレイヤを指示したとき、バリバリと空気を割く音が聞こえた。
 それと同時に、フレイヤの目の前で、金色の光の粒子が四方八方に飛び散る。

「ど、どうなっているんだ!」

 動揺しているようで、男性は上ずった声を上げる。

 一方で、フレイヤは何が起きているのかわからず、その場で固まった。
 
『フレイヤ、大丈夫? 頭がぼんやりしたり、頭が痛かったりする?』

 いつになく不安そうなオルフェンが、両手でフレイヤの頬に手を添えてきた。そうして、フレイヤの瞳をじっと覗き込んでくる。
 薄荷色の瞳に、茫然とするフレイヤの顔が映る。

『目を見る限りだと、大丈夫そうだね。よかった』

 心から安堵したような顔で、オルフェンが息をつく。
 
「ええと……いったい、何がおこったの?」

 フレイヤはまだ、事態を把握できていない。
 オルフェンに頬を包み込まれたまま、立ち尽くしている。
 
『あの男はフレイヤに精神干渉魔法をかけたようだ。だけど、フレイヤにかけられていた精神干渉魔法を防御する魔法が発動して、フレイヤを守ってくれたようだね』 
「なるほど……。オルフェンは、どうしてあの男性が欠けた魔法が精神干渉魔法だとわかったの?」

 オルフェンはフレイヤを守るために結界を張ってくれたが、もしかすると、解析魔法を同時に使っていたのだろうか。
 フレイヤは結界に関する魔法には詳しくないが、結界が被術者を守ると同時にかけられた魔法を分析するなんて、聞いたことがない。
 
『僕がフレイヤにかけた魔法は、攻撃魔法を防ぐ結界を作るためのものだったんだよ。それなのに、結界内で別の結界があの男の魔法に反応して発動したんだ。だから、攻撃魔法を防ぐ結界を通り抜けたあの魔法は、精神干渉魔法ということになる』
「精神干渉魔法は使うことすら禁じられているのに……」

 フレイヤは背筋が凍った。
 目の前にいる男性は、禁止されている魔法を躊躇いもなく使ったのだ。
 そんな人物を前にして、無事でいられるかわからない。

(それでも、あの麻袋から『森への帰路(リトルノ・アラ・フォレスタ)』の香りがするということは……オルメキア王国の第一王子殿下があの中にいるかもしれない)
 
 ネストレの話だと、アイリックはラグナと一緒にイェレアス侯爵家で保護されているはずだが、誘拐されたのだろうか。
 
 それなら、助けるべきだ。
 あの男性はオルメキア王国の宰相かイルム王国の高位貴族たちの手先に違いない。
 
「精神干渉魔法を防御する魔法がかかっていただと? それには高度な技術が必要な魔法なんだぞ。お前、何者だ?」

 男性は信じられないものを見るような目でフレイヤを見た。
 ラグナが欠けてくれた魔法は、フレイヤが想像していた以上に難しい魔法だったようだ。
 
「とある高貴な御方が、かけてくださったんです」
 
 フレイヤは静かに答えると、若葉色の瞳にいつもより剣呑な気配を纏わせて、男性を見据えた。
 
 本当は、怖くて脚が少し震えている。
 それでも、アイリックにもしものことがあったら守るために、勇気を奮い立たせた。
 
「さきほどの質問に、まだ答えてくださっていませんよね? その袋の中身を見せていただけませんか? その袋から、とある高貴な御方に献上した香水の香りがするのです」
「な、なんだと……!」

 男性は見るからに慌てて、後退る。
 
「その様子だと、その袋の中にいるのは――とある高貴な御方しょうか?」 
 
 フレイヤがもう一歩近づくと、急にフレイヤの足元にある石畳の床が盛り上がり、フレイヤを閉じ込めた。
 
「うるさいな! その中で黙ってじっとしていろ!」

 男性が吐き捨てる声が聞こえてくる。

 フレイヤは頭上を見上げた。
 空がわずかにしか見えないほど高く、盛り上がった 石畳の煉瓦や土でできた柱が寄り合って、空を隠している。
 持ちあがった地面はフレイヤの背丈を優に超えている状態だ。
 また、隙間がわずかしかないため、抜け出せない。

 隙間から、オルフェンが魔法を唱えてフレイヤを助け出そうとする様子が見える。

(もしかすると、こうして足止めして、逃げるつもりなんじゃ……) 

 フレイヤは、わずかな隙間に顔を近づける。

「オルフェン、私はいいから、あの人を捕まえて!」
『で、でも……フレイヤをこのままにはできないよ』

 フレイヤが誘拐された時のことが、よほどショックだったのだろう。
 オルフェンはフレイヤの願いに応えてくれない。

 彼にとって、他国の王族なんてどうでもいいのかもしれない。
 王族は貴い人たちだという考えは、人間たちの間でのみ通じる共通認識なのだから。
 
(どうしよう、このままだと、取り逃がしてしまう――)

 そうしたら、どうなってしまうのだろうか。
 もしもあの中にアイリックがいたら――彼は人造人間(ホムンクルス)という身代わりができるまで、監禁されてしまうのだろうか。

(ぜったいに、そうさせない。だれかに、助けを求めないと――)

 そう思い、すぐに脳裏に過るのは、シルヴェリオの顔だ。
 気遣わしい眼差しを向けてくれる、深い青色の瞳は、思い出すだけでフレイヤの心を少し落ち着かせてくれる。

 彼ならきっと、この状況を助けてくれると、わかっているから――。

「シルヴェリオ様、助けてください!」

 フレイヤが声を張り上げて、その名を呼んだ時。
 目の前に光の粒子がたくさん現れた。
 それらは一カ所に固まって人型になると、ふっと消える。
 先ほどまで自分以外誰もいなかったはずなのに、シルヴェリオがいた。
 しかも、フレイヤの目と鼻の先にシルヴェリオの顔がある。
 
「フレイさん、すまない。狭い場所だから許してくれ」

 そう言って、シルヴェリオは片手でフレイヤを抱き寄せると、魔法の呪文を唱えた。