追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

 それから一週間経った、昼下がり。
 フレイヤとヴェーラ、そして護衛のオルフェンは、香水の納品のため、王宮にある大広間にいた。

 今日は、建国祭の三日前――宰相から提示された、香水の納品日だ。
 
 フレイヤはコルティノーヴィス香水工房の正装――蒼玉の青(サファイヤブルー)のパイピングがあしらわれた白地のシャツと長衣を着ている。
 髪はヴェーラが連れてきたコルティノーヴィス伯爵家のメイドたちによって綺麗に結い上げられており、いつもより凛とした佇まいだ。
 
 ヴェーラはコルティノーヴィス工房の正装に合わせてくれたようで、純白のシャツとジャケットとスラックスを身に纏っている。
 髪は一つに結わえて肩にかけ、前に流していており、悠然とした雰囲気がある。

 本当はヴェーラではなくシルヴェリオが同行する予定だったのだが、魔導士の任務からなかなか抜けられないため、来られなくなってしまった。
 そこで、シルヴェリオがヴェーラに代理を頼んだ次第だ。
 
 三人の目の前には、コルティノーヴィス商団によってラッピングされた香水瓶が入った木箱が積み上げられており、それを王城勤めの文官が慎重に数えている。

(工房できちんと数えたから大丈夫だと思うけれど、不安になってしまう……)

 フレイヤはハラハラとした気持ちで、文官たちを見つめる。
 ほどなくして、数え終わった文官が、フレイヤたちのそばに居る宰相に数えた数量を伝えた。 
 
「発注した本数通りに納品いただいていることを確認しました。期日までに納品してくださって、ありがとうございます」

 宰相はフレイヤとヴェーラに、にっこりと微笑む。
 彼の言葉を聞いて、フレイヤは緊張が解けて脱力しそうになったが、気を引き締めて背筋をしゃんと伸ばす。
 副工房長としてここに来ているのだから、だらしない姿を晒したくない。

「梱包も素敵だから、きっと各国の来賓たちが喜んでくれるだろう。手渡す時まで、大切に保管するよ」 
「よろしくお願いします」

 フレイヤとヴェーラは、宰相に礼をとった。
 踵を返し、大広間を出たフレイヤの目に、黒の魔塔が映る。

「シルヴェリオ様、今日は工房に来るかな……」

 このところ、シルヴェリオが工房に来なくなったどころか、連絡さえないのだ。
 
 初めは魔法を使って連絡をくれていたが、二日ほど経つと、それさえも来なくなった。

「任務が忙しいようだ。こちらにも、一週間前に姿を現して以降、まったく顔を見せていないよ。黒の魔塔に立ち寄ってみるかい?」

 ヴェーラはそう言うと、フレイヤを気遣うように、彼女の肩にそっと手を乗せる。
 フレイヤは少し考えたが、ゆるゆると首を横に振った。

「シルヴェリオ様は今、とてもお忙しいとわかっていますから、止めておきます」

 それに、シルヴェリオに伝えた方が良さそうなことは、魔法を使って都度連絡をしているから、会ったところで話すことはないのだ。 
 
(シルヴェリオ様が元気なのか、知りたいだけ……)

 ただ、それだけのはずなのに、黒の魔塔を何度も見てしまう。
 なぜこんなにも気になってしまうのか、自分のことであるのに、フレイヤには分からなかった。
 
『便りの無いのは良い便りと言うくらいだし、心配するようなことはないと思うよ。それに、例え何かあったとしても、シルヴェリオは魔法が得意だから、魔法ですぐに解決してしまうよ』

 オルフェンは全く気にしていない様子だ。
 たしかに、シルヴェリオは何かあれば自分の力で解決できるだろう。たとえ、魔法の力に頼っても、そうでなくても。

 そうわかっているのに、心のどこかで妙に引っかかる。

(きっと、シルヴェリオ様がオルメキア王国の宰相と、イルム王国の高位貴族の陰謀を阻止しようとしているから、心配なのかもしれない) 
 
 禁忌とされる呪術を使うような人間に立ち向かうなんて、フレイヤは到底できない。
 そのような人たちと対峙すると、恐ろしくなって、固まってしまうだろう。

「それでは、納品が無事に終わったことだし、工房まで二人を送ろう」
「ありがとうございます」
 
 フレイヤは礼を言うと、ヴェーラの後に続いて、コルティノーヴィス伯爵家の馬車が停車している場所へと向かった。
 
     ***

 夜になり、仕事を終えたフレイヤは、オルフェンと一緒に<気ままな妖精猫(ケット・シー)亭>へと向かっている。
 ひと仕事を終えたから、美味しいものを食べに行くことにしたのだ。

『建国祭が近いから、夜でも賑わっているね。それに、明るい。まるで昼間のようだ』

 オルフェンが辺りをぐるりと見渡す。
 街のいたるところに魔法が付与されたランタンが飾られており、明るく照らしている。

 人通りは多く、中には異国の服を着た者もちらほらと見える。
 おそらく、建国祭を見物するために来た観光客だろう。

 フレイヤは、鼻をすんすんと鳴らして匂いを嗅ぐ。 
 街を彩る花の香りや、祭の準備に使用している道具の匂い、そして祭の準備をする人たちを狙って店を出している屋台に並ぶ、食べ物の香り――。
 いつもとは違う香りが、あちこちから漂ってくるから面白い。
 
 フレイヤが夢中になって匂いを嗅いでいると、不意に、覚えのある香りがした。
 スピネルベリーと、ウッド系の香りが織り交ざった、北国の森の香り――フレイヤがアイリックのために調香した、『森への帰路(リトルノ・アラ・フォレスタ)』の香りだ。
 
「まさか、第一王子殿下がここに……?」
『どうしたの?』
「第一王子殿下に作った香水の香りがするの。お体が悪いのに、外に出ているのかな?」

 それに、もしもアイリックがオルメキア王国の宰相と出くわしたら、彼らの陰謀に巻き込まれるのではないか。
 せっかく、ラグナが阻止しようとして連れ出したのに。

「匂いを辿ろう!」

 フレイヤはオルフェンの腕を掴むと、スンスンと鼻を動かし、匂いがする方へと足を運ぶ。 
 
 香りが次第に強くなっていく。

「いったい、どこにいるの?」

 臭いを嗅いでみると、先ほどより香りが遠ざかっている。
 引き戻そうとして振り返ったフレイヤは、人ひとりが入るほど大きな麻袋を担いでいる大柄な男性と目が合った。
 青白い顔をした、人相の悪い、壮年の男性だ。
 
 どくり、と心臓が大きく脈を打つ。
 彼が持っている麻袋から、『森への帰路(リトルノ・アラ・フォレスタ)』の香りが強く香ってくるのだ。
 
「あの――」

 フレイヤの口を突いて、言葉が出てくる。 
 
「その袋の中身を見せていただけませんか?」

 その言葉を聞いた途端、男性は舌打ちをして、魔法の呪文を唱えた。