追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

 それから三日後の昼前のこと。
 コルティノーヴィス香水工房の二階にある調香室で、フレイヤとアレッシアとエレナにレンゾは固唾を飲んで、シルヴェリオを見守る。
 彼らとは少し離れた場所にある調香台(オルガン)の前には、椅子に座って眠そうに欠伸をする、オルフェンの姿があった。
 
 シルヴェリオの周りには、香水が入ったガラス瓶を治めた木箱を積み重ねた山と、青色の香水瓶を入れた木箱の山が並んでいる。
 
 実は今朝方、サヴィーニガラス工房から、香水瓶が納品されたのだ。
 そこで、フレイヤがシルヴェリオに納品されたことを黒の魔塔にいるシルヴェリオに伝えると、シルヴェリオがすぐに駆けつけてくれた。
 フレイヤとアレッシアが予め作って瓶の中に入れておいた香水瓶を、納品された青色の香水瓶の中に移す作業をするためだ。

「みんな、魔法の影響を受けないように、この線より後ろに下がっていてくれ」

 シルヴェリオが呪文を唱えると、フレイヤたちの目の前に金色に輝く線が現れる。
 フレイヤたちはそれぞれ、こくりと頷いて線の後ろに留まった。
 
 シルヴェリオが呪文を唱えて手を宙にかざすと、それぞれの香水瓶が入った木箱が金色の光に包まれる。
 部屋の中が光で白く塗りつぶされた。
 フレイヤは、眩しさに思わず瞼を閉じる。
 
「香水の移動が完了した。もう、こちらに来ても大丈夫だ」

 シルヴェリオの声が聞こえて、瞼を開く。
 足元を見ると、金色に輝く線が消えていた。

 フレイヤは、そろりと足を運んで、青色の香水瓶が入っている木箱に近づく。
 体を屈めて木箱の中を覗き込むと、中に液体が入っている。

 体を起こして、反対側――先ほどまで香水を入れていた香水瓶を見遣ると、中は空っぽになっていた。
 全て、青色の香水瓶の中に移されたのだ。

「シルヴェリオ様、ありがとうございました」
「おそらく大丈夫だとは思うが……念のため、香水の香りが変わっていないか確認してくれ」
「かしこまりました!」

 フレイヤは青色の香水瓶を三本ほど、木箱から取り出した。
 天空を彷彿とさせる澄んだ青色の中で揺れる香水を見ると、納品する香水が完成した達成感が込み上げてくる。

 とはいえ、まだ最後の確認をしていない。
 フレイヤは試香紙(ムエット)に吹き付けて、香りを嗅ぐ。

「ガラス瓶を移す前と変わりない香りありません」

 アレッシアにも試香紙(ムエット)を渡して香りを確認してもらったところ、問題ないとの回答があった。
 
「これだけの香水瓶の中身を、そっくりそのまま別の瓶に移すなんて……工房長はさすが、次期魔導士団長ですね!」

 レンゾがやや興奮気味に話す。

 魔法で物を別の容器に移し替えるのは、とてつもなく高度な技術が必要になるため、魔法を極めた魔導士でなければできない。
 それを目の前で見たから、感激しているようだ。

 シルヴェリオは、レンゾの言葉を聞いて首を横に振った。
 
「それは、ただの噂だ。いつか、時が来たら然るべき者が次期魔導士団長に選ばれる」
「そうでしたか。俺はてっきり、もう工房長に決まっているかと思いましたよ。ちなみに、工房長は魔導士団長になりたいですか?」
「……ああ、大切な人たちを守れるように、その座に就きたいと思う」

 シルヴェリオはその場に居る者の顔をぐるりと見回して――最後にフレイヤを見つめた。
 深い青色の目が、しっかりとフレイヤの姿を捕らえる。

「まずは、今年の建国祭もつつがなく始まって終わるよう、万全を期す」
「よろしくお願いします! 妻も子どもたちも、とても楽しみにしているんです」

 シルヴェリオはレンゾの言葉に、ふっと笑みを浮かべる。

「普段は、そう言った声をなかなか聴くことがないから新鮮だな。直に声を聞けると、よりいっそう建国祭の準備に力を入れようと思えるようになる」

 そして、シルヴェリオはオルフェンに顔を向ける。
 さきほどまで眠そうにしていたオルフェンだが、今はは持ち込んできた本を読んでいるところだ。
 
「オルフェン、しばらくはここに来れないかもしれないから、フレイさんやみんなをよろしく頼む」
『はいはい、わかっているよ。工房の周りに張り巡らせている結界を強くしておくし、出入りする人の動きに注意しておくから、シルヴェリオは警備に集中してね』

 オルフェンは本から顔を離さずに返事をした。

「ほんとうにわかっているのやら……。フレイさんの護衛を怠ったことを、ちゃんと反省しているのか?」
『失礼な! 反省しているよ。それに、みんなを守るために、ちゃんと対策している。しおらしくしているだけで、反省したことにはならないでしょ?』

 シルヴェリオに指摘されたオルフェンが、頬をぷくりと膨らませる。

 フレイヤはシルヴェリオとオルフェンのやりとりを、いつもの二人らしいと思いながら、微笑ましく見守っていた。
 後日、シルヴェリオが本当に姿を現さなくなってしまうなんて、その時はまだ、想像すらしていなかったのだ。