時間が少し遡り、フレイヤがサヴィーニガラス工房に着いた頃。
シルヴェリオは王宮内にある王立図書館に向かっていた。
眉間には深く皺を刻んでおり、眼差しはいつも以上に鋭い。おまけにどこか苛立ったような気配で、大股でずんずんと歩いている。
シルヴェリオを見かけた魔導士や城仕えたちは、彼から漂う剣呑な空気に気圧されて固まってしまうのだった。
「オルフェンめ、フレイさんのそばにいるよう伝えたのに、どうして王立図書館にいるんだ」
シルヴェリオはつい先刻、オルフェンを王立図書館で見かけたと同僚から聞いたところだ。
てっきりオルフェンはフレイヤに随行してサヴィーニガラス工房にいるものだと思っていたため、話しを聞かされた時は耳を疑った。
かくしてシルヴェリオは王立図書館へ行ってオルフェンを叱り、フレイヤのもとへと送るべく仕事を抜け出している。
「力のある妖精だから確実にフレイさんを守ってくれると思っていたが、気まぐれで奔放な性格であることを失念していた……人選を誤ったな」
それでも今すぐに代わりの人物を探し出すことは不可能だから、しばらくはオルフェンに頼るしかない。
大切な人を守るのだから慎重に選ばなければならないのだ。
(オルフェンを送り届けたらすぐに人間の護衛を手配しよう)
フレイヤが聖属性の魔力を持っていることを知ったとしてもシルヴェリオたちに協力してその事実を隠してくれるような者となると、すぐには見つけられなさそうだ。早く動くに越したことはない。
ややあって王立図書館の建物が見える。
王立図書館は石造りで荘厳な雰囲気のある二階建ての建物だ。
シルヴェリオは更に歩調を速めてあっという間に王立図書館の出入り口まで歩み寄ると、焦げ茶色の扉を開ける。
中に入ってすぐに見えるのは、来館者のための机と椅子。その両側にはいくつもの本が収められた飴色の木の書架が所狭しと並んでいる。
辺りを見回したシルヴェリオは、右手側にある書架の前に佇んで本を読んでいるオルフェンを見つけた。
オルフェンの白金色の髪は図書館のやや薄暗い空間の中で仄かな光を帯びているように見えて神秘的だ。
周囲にいる来館者たちはそんなオルフェンの妖精らしい容姿が気になるのか、チラチラとオルフェンを盗み見ている。
シルヴェリオは周囲の視線を気にせずオルフェンに歩み寄った。
「オルフェン、どうしてここにいる?」
『うわあっ、急に呼びかけないでよ。びっくりしたんだけど!』
オルフェンはびくりと飛び上がり、手に持っていた本を取り落としそうになって慌てて持ち直した。
恨めし気に睨んでくるオルフェンを、シルヴェリオもまた睨み返す。
「頼まれた仕事をこなせない妖精を見つけたのだからいたしかたないだろう」
『仕事って、フレイヤが外出する時の護衛でしょ? 見送りはしたから帰りにまた迎えに行くよ』
オルフェンはぷくりと頬を膨らませる。仕事をこなせないと言われて腹が立ったようだ。
「護衛するのは行き帰りだけではなく、フレイさんが家の外にいる間ずっとだ。それに今日はサヴィーニガラス工房へ行ってガラスの試作品を見てくるようフレイさんに頼んでいたんだ。昼間とはいえ油断してはならないからすぐに向かってくれ」
シルヴェリオはオルフェンが手に持っている本を彼の手から取り上げて書架に戻すと、そのままオルフェンの手を掴んで王立図書館の出口まで引きずっていく。
『ええっ、ずっとなの?! せっかく古の呪術と人造人間ついて調べているのに、ずっと護衛をしていたら調べる時間がなくなっちゃうよ』
「本を読みながら護衛したらいい。それなら本を貸出できるよう手配するから、フレイさんのそばで本を読んでいてくれ。フレイさんの近くにいたら異変があった時にすぐに気づけるだろう?」
王立図書館を出たシルヴェリオは王宮の中にある馬車の待合場所まで向かう。
黒の魔塔から出た後すぐにコルティノーヴィス伯爵家に連絡して馬車を手配させていたのだ。
『それにしても、シルヴェリオが警戒している白い魔女って何者なの? フレイヤを探している理由はわからないの?』
「わかっていたら苦労しない。今日も仕事のかたわら白い魔女について調べていたが何の収穫もなかったところだ」
庭園のそばを通っていると、シルヴェリオは庭園から出てくるアーディルとラベク、そしてネストレが付き添いとしてつけたらしいエイレーネ王国の男性の騎士の姿を見つけた。
ちょうど王宮内を散策していたところのようで、アーディルもまたシルヴェリオに気づくと、「おや」と声を上げる。
「コルティノーヴィス卿、二日ぶりだな。隣の者も貴殿と同じ魔導士か?」
アーディルはシルヴェリオに近づくと、黄金色の目をオルフェンに向ける。
長命妖精を初めて見たようで、微かに好奇心が入り混じった視線だ。
「……イルム王国のアーディル殿下にご挨拶を申し上げます。この者は長命妖精のオルフェンです」
「そうか。オルフェン殿、私はイルム王国の王太子のアーディルだ。よろしく」
アーディルがにこやかな笑みを浮かべてオルフェンに手を差し出して握手を求めたが、オルフェンはその手を握らなかった。
それどころか、まるでアーディルを恐れているかのようにたじろぐと、アーディルの頭からつま先までを何度も目で往復して観察している。
妖精で人間の作法を知らないとはいえ、王太子に対してあまりにも無礼だ。
注意したほうがよさそうだと考えたシルヴェリオが口を開こうとした時、オルフェンが先に言葉を発した。
『ああ、なるほど。フラウラが怯えたという気味の悪い魔力はこれか。呪術に使われた魔力に近いものを感じるから、呪術を厭う妖精にとって不気味なのだろうね』
耐えがたいほど苦手な魔力のようで、オルフェンは美しい顔を歪める。
『こんなにも気味の悪い魔力を身体に宿しているのに平気なんておかしいよ。君、本当に人間なの?』
***あとがき***
更新が遅くなり申し訳ございません。
諸事情により1カ月ほど更新が日曜~月曜の未明になりそうですが、必ず更新していきますので引き続きお楽しみいただけますと嬉しいです…!よろしくお願いいたします。
シルヴェリオは王宮内にある王立図書館に向かっていた。
眉間には深く皺を刻んでおり、眼差しはいつも以上に鋭い。おまけにどこか苛立ったような気配で、大股でずんずんと歩いている。
シルヴェリオを見かけた魔導士や城仕えたちは、彼から漂う剣呑な空気に気圧されて固まってしまうのだった。
「オルフェンめ、フレイさんのそばにいるよう伝えたのに、どうして王立図書館にいるんだ」
シルヴェリオはつい先刻、オルフェンを王立図書館で見かけたと同僚から聞いたところだ。
てっきりオルフェンはフレイヤに随行してサヴィーニガラス工房にいるものだと思っていたため、話しを聞かされた時は耳を疑った。
かくしてシルヴェリオは王立図書館へ行ってオルフェンを叱り、フレイヤのもとへと送るべく仕事を抜け出している。
「力のある妖精だから確実にフレイさんを守ってくれると思っていたが、気まぐれで奔放な性格であることを失念していた……人選を誤ったな」
それでも今すぐに代わりの人物を探し出すことは不可能だから、しばらくはオルフェンに頼るしかない。
大切な人を守るのだから慎重に選ばなければならないのだ。
(オルフェンを送り届けたらすぐに人間の護衛を手配しよう)
フレイヤが聖属性の魔力を持っていることを知ったとしてもシルヴェリオたちに協力してその事実を隠してくれるような者となると、すぐには見つけられなさそうだ。早く動くに越したことはない。
ややあって王立図書館の建物が見える。
王立図書館は石造りで荘厳な雰囲気のある二階建ての建物だ。
シルヴェリオは更に歩調を速めてあっという間に王立図書館の出入り口まで歩み寄ると、焦げ茶色の扉を開ける。
中に入ってすぐに見えるのは、来館者のための机と椅子。その両側にはいくつもの本が収められた飴色の木の書架が所狭しと並んでいる。
辺りを見回したシルヴェリオは、右手側にある書架の前に佇んで本を読んでいるオルフェンを見つけた。
オルフェンの白金色の髪は図書館のやや薄暗い空間の中で仄かな光を帯びているように見えて神秘的だ。
周囲にいる来館者たちはそんなオルフェンの妖精らしい容姿が気になるのか、チラチラとオルフェンを盗み見ている。
シルヴェリオは周囲の視線を気にせずオルフェンに歩み寄った。
「オルフェン、どうしてここにいる?」
『うわあっ、急に呼びかけないでよ。びっくりしたんだけど!』
オルフェンはびくりと飛び上がり、手に持っていた本を取り落としそうになって慌てて持ち直した。
恨めし気に睨んでくるオルフェンを、シルヴェリオもまた睨み返す。
「頼まれた仕事をこなせない妖精を見つけたのだからいたしかたないだろう」
『仕事って、フレイヤが外出する時の護衛でしょ? 見送りはしたから帰りにまた迎えに行くよ』
オルフェンはぷくりと頬を膨らませる。仕事をこなせないと言われて腹が立ったようだ。
「護衛するのは行き帰りだけではなく、フレイさんが家の外にいる間ずっとだ。それに今日はサヴィーニガラス工房へ行ってガラスの試作品を見てくるようフレイさんに頼んでいたんだ。昼間とはいえ油断してはならないからすぐに向かってくれ」
シルヴェリオはオルフェンが手に持っている本を彼の手から取り上げて書架に戻すと、そのままオルフェンの手を掴んで王立図書館の出口まで引きずっていく。
『ええっ、ずっとなの?! せっかく古の呪術と人造人間ついて調べているのに、ずっと護衛をしていたら調べる時間がなくなっちゃうよ』
「本を読みながら護衛したらいい。それなら本を貸出できるよう手配するから、フレイさんのそばで本を読んでいてくれ。フレイさんの近くにいたら異変があった時にすぐに気づけるだろう?」
王立図書館を出たシルヴェリオは王宮の中にある馬車の待合場所まで向かう。
黒の魔塔から出た後すぐにコルティノーヴィス伯爵家に連絡して馬車を手配させていたのだ。
『それにしても、シルヴェリオが警戒している白い魔女って何者なの? フレイヤを探している理由はわからないの?』
「わかっていたら苦労しない。今日も仕事のかたわら白い魔女について調べていたが何の収穫もなかったところだ」
庭園のそばを通っていると、シルヴェリオは庭園から出てくるアーディルとラベク、そしてネストレが付き添いとしてつけたらしいエイレーネ王国の男性の騎士の姿を見つけた。
ちょうど王宮内を散策していたところのようで、アーディルもまたシルヴェリオに気づくと、「おや」と声を上げる。
「コルティノーヴィス卿、二日ぶりだな。隣の者も貴殿と同じ魔導士か?」
アーディルはシルヴェリオに近づくと、黄金色の目をオルフェンに向ける。
長命妖精を初めて見たようで、微かに好奇心が入り混じった視線だ。
「……イルム王国のアーディル殿下にご挨拶を申し上げます。この者は長命妖精のオルフェンです」
「そうか。オルフェン殿、私はイルム王国の王太子のアーディルだ。よろしく」
アーディルがにこやかな笑みを浮かべてオルフェンに手を差し出して握手を求めたが、オルフェンはその手を握らなかった。
それどころか、まるでアーディルを恐れているかのようにたじろぐと、アーディルの頭からつま先までを何度も目で往復して観察している。
妖精で人間の作法を知らないとはいえ、王太子に対してあまりにも無礼だ。
注意したほうがよさそうだと考えたシルヴェリオが口を開こうとした時、オルフェンが先に言葉を発した。
『ああ、なるほど。フラウラが怯えたという気味の悪い魔力はこれか。呪術に使われた魔力に近いものを感じるから、呪術を厭う妖精にとって不気味なのだろうね』
耐えがたいほど苦手な魔力のようで、オルフェンは美しい顔を歪める。
『こんなにも気味の悪い魔力を身体に宿しているのに平気なんておかしいよ。君、本当に人間なの?』
***あとがき***
更新が遅くなり申し訳ございません。
諸事情により1カ月ほど更新が日曜~月曜の未明になりそうですが、必ず更新していきますので引き続きお楽しみいただけますと嬉しいです…!よろしくお願いいたします。


