「え、ちょっと、伊藤さんだよ」

「うそ、なんで1年生の廊下に!?」


そんな騒がしさに包まれたのはお昼休み。

お弁当を食べ、歯磨きを済ませた私と亜由が教室へ戻ろうと廊下を歩いていたときのことだった。


「やっばあ、2日連続至近距離、ついてるー!」


謎のテンションの上がり具合を見せる亜由に苦笑いを見せる。


「あ、鈴ちゃん。」


注目の的の爽やかスマイルが自分に向けられたのはあまりにも突然で、私はきょろきょろと視線を泳がせた。


「え、あ、私…?ですか?」

「え?鈴ちゃん、でしょ?」


現状把握が追い付かないほど自然に、伊藤さんは私の目の前に来て笑みを見せる。


「昨日ね、サッカー部のメンバーが騒いでたの聞こえてた?」

「え、いや…、聞こえた?」


確かに視線は少し感じたけど、声は…。

そう思って、亜由に聞くと、亜由も首を横に振る。


「あ、そっか。
俺ら今、マネージャー探してて、鈴ちゃん無所属でしょ?
だからどうかなってお誘い。

部員たっての希望だからさ、良かったら見学きて?
そうだ、来週試合あるし、試合だけでも!」


そう言って渡されたのは、サッカー部のパンフレット。

イケメンぞろいのサッカー部は、マネージャーを普通に募集して不真面目マネが殺到してしまった過去があるのだと先輩から聞いたことがある。

それが原因なのかは分からないけど、最近は募集の話は聞いていなかった。


「じゃ、それだけだから。試合、来てね」


颯爽と駆け抜けていった伊藤さんは後ろ姿まで絵になって、廊下にいる全ての生徒の視線をかっさらう。


私は呆然とその姿を見つめていた。


「やっば、さっすが鈴。」


亜由の手がトンっと肩に置かれて、私は嫌な予感を感じ、静かに呟く。


「やめて?」

「だって、あの伊藤さん直々にだよ、やばいでしょ!」

「いや、やめて」

「てゆーか、絶対恋愛成就の効果でしょ!!願ったでしょ!!」


嫌な予感は的中し、騒ぎ立てた亜由から逃げるように教室へと入る。


「鈴ちゃん、サッカーマネって超凄いじゃん!」

「でも鈴なら納得だよねー」


「昨日な、部員全員、満場一致でご指名だったから。」

「まじで!?やっぱ鈴だなー、気も効くしマネージャーやってほしいよなあ」


「野球部にもほしいんだけど」

「一部活一鈴ってな」


逃げた意味もなく、教室でもあっという間に囲まれ、私は顔を真っ赤にする。


「もうからかうのやめてよー…!」


そんな私の願いも虚しく、しばらくはサッカー部マネの話題で持ちきりだった。