___寒い、あまりにも寒すぎる。

もう十二月半ばで、完全に冬なのに。
こんな時期に持久走って、先生、頭どうにかしてるよ!



しかも、なんでよりによって今日なのよ……。



朝起きた時から、体調に違和感を感じていたことから、今日は大人しく過ごそうって決めてたのに……。


そんな日の四限目に、いつも持久走なんてしないはずなのに、今日だけスペシャルメニュー。



男女混合で、男子は五キロ、女子は二キロの持久走大会をするらしい。

なに、なんで今日なの!?こうなるなら、休めばよかった……!


先生に言うタイミングも失い、やるしかない、と項垂れる。
しかも、運動を普段全くしない私が持久走なんていつぶりに走るだろう。


部活だって入っていなかったし、走ると言っても移動教室の授業に遅れそうで、急いでる時くらいだったんだもん。



「じゃあ先に男子スタートするぞー!」



うん、まだ大丈夫。
先に男子が走って、その後に女子が走るという決まり。だから、女子の出番はまだまだだ。

わらわらとスタート位置へ出ていく男子たちは、みんなだるそう。


「あ、優太だ」

「ほんとだ、優太くん、足速いらしいね」


隣に並ぶ詩織も優太を見て、うんうんと頷いている。

優太は小学生の頃からずっと、学年でいちばん足が速くて、体育の授業の時はいつも輝いていて、みんなから人気者だった。

そんな優太は、何もできない私と一緒にいて恥ずかしくなったりしないのかな。

そう思いながら、友達とわちゃわちゃしながらスタート地点に並ぶ優太をぼーっと見つめていると、不意に目が合った。


あ……。

優太は、私を指さすと、何か言葉を発する。声は聞こえないけど、なんとなく口の動きだけで……。



《み・と・け》



自信満々な笑顔と共に、優太はそう言った。

その瞬間、ざわめきだす周りの同級生の女子たち。ほんとに、みんな見てるんだからやめてほしいよ……。


「えっ、今、優太くん私の方向いてた!?」

「優太くんかっこいい……」

「ほんとに誰に言ったんだろう?」


なぜか黄色い声が飛び交う。

……優太って、モテてるんだ。


「優太くん、裏で結構モテてるらしいよ?」


隣にいる詩織がコソッと耳打ちしてくる。

「なんで優太がなんだろ……?」

「女子たちによると、すっごい優しいらしいの。ある子は、この前生理で体調が悪くてしんどそうだった時に、『先生にこっそり言っておくから、保健室行っておいで』って言ってくれたんだって」

「えぇ……」


あの優太が、「行っておいで」なんて優しい口調使えるの!?
いつもいつも、私には命令口調で嫌味ばっかり言って、意地悪してくるのに。



「じゃあ始めるぞー!位置についてー!」



男子たちが一気に走る体勢に構える。

そして、よーいどん!という先生の声と一緒に一斉に走り出した。今回の持久走は、グラウンドを走るだけではなく、学校の外周を走らなければいけないのだ。

だから先生の目の届かない範囲までいけば、スピードを緩めてもバレないのだ。


ジクジクと痛む頭を抑えながら、大勢の男子軍を目で追う。


___いた。


男子を先導しているのは、やっぱり優太。
速すぎて、後輩からは「不動の一位」なんて呼ばれているらしい。

すごいなぁ、あんなに走れるなんて。

全然辛そうに見えない。腿を高く上げて前にグングンと進んでいく。
フォームには全く癖がなくて、まるで陸上選手が走っているみたいだ。


「優太くんがんばってー!」

「きゃー!!」


だからなのかわからないけど、優太を応援するのは大勢の女子。


「優太くん人気すごいね。海花は優太くんの___って、海花、体調悪いの?大丈夫?」

「う、うん……大丈夫」


ちょっとやばいかも、なんて言葉を発する余裕もないくらい、体に熱がこもっていた。

「ちょっと、ほんとに大丈夫なの?って、汗すごいじゃん」

真冬だというのに、こめかみに浮かぶ冷たい汗。
体育なんて休めばよかった……。

走りたくないよ……そう思えば思うほど、時間が経つのは速くて。


気づけば、二位と相当な差をつけてゴールした優太が笑顔を浮かべてこちらに歩いてきていた。


「俺のことちょっとは見直しただろ、チビ」


正直今は、顔を上げるのも辛くて。明るすぎる水色の空を見たら目がチカチカしてしまいそう。


「……海花?」


怪訝に思ったらしい優太は、私の顔を覗くようにしゃがみ込んだ。


「なあ、お前、体調わりぃの?」


ふるふると首を横に振る。優太にバレたら絶対にバカにされるし、何より授業中に保健室に行ってみんなから注目を浴びたくない。

___辛くない、大丈夫。

そう自分に言い聞かせて立ち上がる。


「っ……」

「ちょ、バカ……っ、何やってんだよ」

立ち上がった反動、さぁぁっと顔から血の気が引いて、軽くふらつく。


「女子の番、だから……」

「バカなのか?お前、そんなんで走れるかよ」

「ちょっと貧血だっただけ、もう治ったから」


眉根を寄せて怪訝そうに私を見つめる優太を睨む。ほら、私と優太が話してるから……距離が近いから、他の女子たちが見てるじゃない。


「やめとけってバカ」

「バカバカうるさい!つっかからないでよっ!」

「じゃあしょうもないことで意地張らないで頼れって言ってるんだろ!」


そこでハッと我にかえる。
隣で心配そうに私を見つめる詩織。
グッと奥歯を噛み締める優太。

___みんなから「何事だ」と集まる視線。


もうやだ……。
ほっといてよ。


「女子の番だぞー!スタート位置につけー」


そんな時間もつかの間。
先生の声により、何事もなかったかのように騒がしくなるあたり。

やるって決めたんだから、最後までやらなきゃ。
グラウンドから見えなくなったら、歩けばいい。


「海花……」

「ほっといて」


なんで私、こんなにイライラしてるんだろう。怒ってるんだろう。

きっと優太も、心配してくれただけなのに……。