気づけば十月に入り、夏特有のカラッとした暑さがなくなり、蒸し暑い日々が続くようになった。

そして今日は___。


「海花ちゃん、ごめん!緊急でシフト入ってくれない!?」

「え、う、うん!了解!」


高校生活最後の文化祭……!


ガヤガヤと賑わう私のクラスで行われているのは、メイド喫茶。
やっぱり文化祭といえば王道のこれだよね、という意見が多く、このメイド喫茶をすることに決まったのだが……。


「詩織……こんなの、私には似合わないよ!」


ずっと裏方で料理を作る係だったはずなのに。
別室で鏡を前に落胆する私。
その横で、満足げに頷く詩織。

「似合ってるよ!」

「う、嘘だぁ……」

なんと、クラスの子が急遽休むことになってしまい、その埋め合わせで私に任された仕事、それは___。


「なんで私がメイド服なんて……」


胸元や裾についた白いフリル。太ももの真ん中くらいまでしかない、黒のミニスカート。そして極め付けには、詩織がセットしてくれた、このツインお団子ヘアー。

こんなの、私に似合わないのに……!


こんな格好を自分で見るのすら恥ずかしくて、思わずしゃがみ込めば、なぜか詩織はキラキラの笑顔で親指を立てた。

「大丈夫!海花はかわいいんだから、自信持ちなさいよ」

だからって、私よりも可愛い子、いっぱいいるのに……。


こんなのが接客したって誰も喜ばないって!

せめてもの抵抗として逃げようとするも、あっけなく詩織に腕を掴まれて確保されてしまう。


「ほんとに!クラスのためだから!学級委員長からのお願い!」


詩織ったら……イエスマンな私の性格を知っておいて、お願いしてるし。

そんなの断れるわけないじゃん……。




「お姉さん、注文いいー?」

「はい!すぐ伺います!」


詩織に上手く乗せられ、私はこうして今、くるくると働き回っているわけだが。

___なんだ、割とみんな私のことなんて見てないじゃん。

注文を取ったり、できた料理を運んだらと、仕事をしているうちに、露出多めの服に対する恥ずかしさはましになってきた。


「えーっと、この苺パフェとー、オレンジジュースと___」

「ご注文ありがとうございます!」


いざこうやって接客対応をしていると、お店で働いている人たちは本当に大変なんだなと感じる。

一息つく暇もなく、次から次へと入ってくるお客さんの対応をする。


「いらっしゃいませ!」

「……え、」

「え……」


声が出るまで気づかなかった。
目の前に立つお客さんは、優太。優太の周りには、友達数人がいるのを確認すると、なんでもないように振る舞う。

「ご案内します」

なんでよりによって、今くるのよ……!絶対、あとでバカにされるに決まってる。


「おい優太ぁー?お前デレデレしてんじゃねぇよー」

「顔、真っ赤だぞ」

「あと見過ぎなんだよ」


優太たちが入ったことで、一段と騒がしくなった教室内。何を話しているかまでは聞こえないけれど、優太はいつものように「うるっせぇ!」だの「べ、べべべ別に!」だのと、キレていた。


「ご注文、お伺いします」

「えっ……あ、え……と、な、なんだよ」

「なんだよって……注文聞いてるんですけど、お客様」


なぜか顔を真っ赤にさせて横を向く優太。なんか、今日の優太おかしい。

「あ、とりあえずコーラ四つくださーい」

「かしこまりました!」

しどろもどろな優太を見かねて、優太の友達の一人が代わりに注文をしてくれる。
どうしたんだろ、優太。なんてことを考えながら、コーラ四つを運び終える。


「お前、せっかくなのに話しかけなくていーの?」

「はっ、てめ、声でけーんだよ!」


笑い声が響く教室を見て、やっと息をつく暇ができる。

まさか、よりによって優太が来るなんて……。
いじられちゃう前に、早くこの教室を出よう。


「あれ、優太くんじゃん」

「わっ、びっくりした。詩織」


いつのまにか裏方に入っていたらしい詩織は、優太のことを見ると、おやおや、と首を傾げた。


「もー、優太にこの格好、見られちゃったよ!絶対バカにされちゃう!」

「えー……?そんなことないと思うけどなぁ。……あ、そうだ。もう海花のシフト、終わっていいよ」

「えっ!」


ぶすっと不貞腐れた口角が一気に上がるのを感じる。
や、やっとだ。
やりきったよ、私……がんばったよ、私……。


うんうん、と頷きながら涙ぐむ真似をしていると、詩織が肩をポンと叩く。

てっきり、おつかれさま、とでも言ってくれるのかな___そう思ってた。
でも、彼女の口から飛び出た言葉、それは___


「次は看板娘、お願いね」

「…………え?」


もう着替えていいんじゃ、なかったの……!?

ガクッと肩を落としているうちに、手に乗せられていたクラス看板。なんで私が……。


「校内一周!いってらっしゃい!」


ポンと背中を押され、なかば教室を追い出されるような形で廊下は押し出された私。

「えぇぇ……!もうやだぁ……」

……でも、頼まれちゃったものは仕方ない。さっさと校内一周して、教室に戻ろう。



「3年2組、メイド喫茶やってまーす!いかがですかー?」


もうヤケクソで叫んでやったけど、やっぱり騒がしい廊下にはちょうどいいくらいだった。