「岡崎さんって普段は大真面目なのに、たまにおもしろいんすよね」

 笑いが収まり、遠くを見つめるようにして寺内が言葉を続けた。充には、それが褒め言葉なのか、からかいなのかは判然としなかったが、少なくとも寺内に悪意はないことは感じ取れた。

 充と寺内が仕事現場に到着したのは、集合時間の15分前だった。周りには、仕事仲間らしき3人の人ほどいたが、いずれも見知らぬ顔ばかりだった。

 充達が雇用登録している株式会社シェアリングライフは、日払いのアルバイトを仲介する会社で、寺内のような大学生が頻繁に利用していた。そのため、彼らが共に働く人々は、大抵が初対面であることが普通だった。

「あそこにいるの、監督じゃないですか?」

 寺内が指を差した。その方向には、クリップボードを持った男性が立っている。


「そうみたいだね。行ってみよう」

 充が言い、男性の方へ歩き始めた。寺内は少し遅れて彼の後を追った。


「おはようございます。本日はこちらの会場設営に参加するために来ました」

「日雇いのスタッフね。名前は?」

 30代後半に見える男性は無愛想に尋ねた。その男性の態度は、彼らにとって少し厳しいものに感じられた。

「岡崎です」

「自分は寺内です」

 小さく「岡崎、寺内」とつぶやき、手元のクリップボードに挟まれた名簿に目を通した。二人の名前を確認すると、「時間になったら声をかけるから、そこら辺で待っていてくれ」と指示を出した。

「うわ、厳しそうだな」

 寺内が現場監督に聞こえない距離に離れてから愚痴った。現場監督は日払いのスタッフを指揮する役割を担っている。その人柄によって、仕事のやりやすさが左右される。優しい監督なら作業もスムーズに進むが、厳しい人に当たると、仕事はしばしば無駄に忙しくなる。そして、愛想がない監督は大抵、厳しいものだった。

「僕はあんまり気にならないけどな」

 実際、彼は監督の態度が優しいのか厳しいのかについては、あまり気に留めたことがなかった。

「いや、ほんと、岡崎さんて真面目。あれは絶対に俺らをこき使いますって。それなのに給料は1円も上がらないんですよ?それでいて、俺らよりもお給料を貰っていると思うと腹立ちませんか?後は、早く終わらせて自分が帰りたいだけなんですって」

「…わかるような、わからないような」

 充は曖昧に答えた。もはや、寺内が何に怒っているのかわからないでいた。そんな他愛もない会話の最中に、現場監督が「集合してください」と周囲に声をかけ始めていた。