「そういえば知ってますか?イベントに出るアイドル、なんて言ったかな」


 少しの間を置いて、寺内は自分でナンバーズと答えた。

 

「ナンバーズ?」


「そうですよ。僕らが建てた会場を使うアイドルユニットの名前です」


「初めて聞いたかも。有名なグループなの?」と充は尋ねた。


 充は自分が設営した会場に特別な思いはなく、そこを利用するグループや団体にも関心を持っていなかった。それが小規模な集まりであれ、大物アーティストの大規模イベントであれ、充は変わらない。


 しかし、充を黒色に例えるなら寺内は白色だ。彼はどんなイベントであれ関心を示し、利用するグループがどのようなものかを事前に調べておくのが常だった。



 こんな具合に、寺内はよく言うものだった―――



「俺なんか、ポルノグラフィックの手伝いしたこともあるんだぜ」


 寺内は以前、別の仕事先で年下の新人に得意げに話していた。寺内からしてみれば、設営作業も重要な裏方の役割であり、彼の気分はツアーメンバーの一員なのだ。


 年下の新人からは、冗談交じりに「それってただの卑猥な画像作成の手伝いじゃないですか?」とツッコミが入った。


 寺内はナイスなツッコミ!と笑い飛ばし、初対面の相手ともすぐに仲良くなるのが得意だった。充は時々、寺内のように芸能人や有名アーティストへの憧れや詳しさが人とのコミュニケーションを円滑にするのかと考えた。しかし、充はすぐにそんなことはないだろうと思い直すのだった。




「ナンバーズって、大阪、難波の5人組グループなんですよ。自分、大学に関西出身の友達がいるんすけど、そいつに聞いたら大阪ではそこそこ有名らしいって言ってました。ラジオとかにも出てるって」


 充は適切な返事がすぐに思いつかず、大阪、とだけ言葉を返した。


「大阪、いいですよ!実は、ゴールデンウィークに友人と観光に行ったんです。関弁が新鮮で、まるで別の国にいるみたいな感じがしましたよ。なんか人種も違うっていうか。それに、たこ焼き屋を3軒もハシゴしたんですから」


 寺内は顔を上げて、空に思い出を映し出すように話した。ちょうど、丸い雲が3つ流れてきていて、彼はそれをたこ焼きに見立てた。そして、寺内は歩きながら、大阪での観光体験を楽しく饒舌に語り続けた。


「そんなに言うなら、むしろ住んでみたいな、大阪」


「いいですね、それいいと思いますよ。でも、岡崎さんが関西弁を使っている姿を想像すると…」と言いかけて、寺内はぷっと噴き出した。


「なんでやねん」


 ぎこちない関西弁が寺内の笑いのツボにはまり、彼は大声で笑い出した。その突然の笑い声に、近くにいた女性が彼らを冷ややかな目で見たが、寺内は周囲の目を気にせずに笑い続けた。


「いやいや、それは反則やねん」


「なんでやねん」


 寺内はまたもや笑いをこらえきれず、ヒィヒィと声を上げて笑った。


 語尾に「やねん」を付けることで関西弁を模倣しようとする二人の男性。もしも、本場の関西人から見れば、その試みは滑稽でしかないだろう。


「岡崎さんって普段は大真面目なのに、たまにおもしろいんすよね」