東京テレポート駅から降り立った充は、複合商業施設である東京ジョイポリスを目指して歩き始めた。

 ここで金曜日から日曜日にかけて開催されるイベントの会場設営だった。3階にある開放的な吹き抜けでは、まだ世間に名を轟かせていないアイドルたちのライブパフォーマンスとグッズ販売が行われる予定である。

 充がやることは、会場設営の単純作業。アイドルたちとの関係もなければ、会うこともない。この手に関心を持たない充にとって、気にすることではなかった。


 通常、平日の昼間は人通りが少ないものだが、お台場の風景はそんな常識を覆す。歩道には手を取り合って歩くカップルや、学生と思しき女子グループが笑いながら会話を交わしている。
 
 子供連れの家族だけは見当たらないが、それでも、充の故郷である茨城県水戸市と比べれば、人々の数は圧倒的に多く感じられた。

「岡崎さん」

 さーんと思いきり伸ばす呼び声が後ろから聞こえた。

「岡崎さんもここの現場だったんすね」

 充は、声の主である寺内に少し頭を下げて挨拶をした。

「いや、はじめての現場なんで知り合いがいてよかったっすよ。迷うかなと思って早めに来て正解でした」

「そんなに複雑じゃないから、一度来たら迷わなくなるよ」

 寺内の細い目は、知人との再会による喜びでさらに細まっていた。

 ゲゲゲの鬼太郎に登場するねずみ男を彷彿とさせるような風貌の寺内は、日雇いのバイトを通じて充と出会い、同僚のような仲間であった。年齢も充よりわずかに若いだけで、何度かの共同作業を経て、ふたりは自然と親しくなっていた。

 充にはコミュニケーション能力に長けているとは言い難い一面があった。小学生の頃、他の子どもたちは放課後に友人宅で遊んでいることが多かったが、充は大抵自宅で一人の時間を過ごしていた。

 友達がいないわけではなく、誘われれば遊びに出かけることもあった。しかし、自分から声をかけることはほとんどなかった。そんな充が寺内と親しくなれたのは、寺内のどこか憎めない性格と軽やかなフットワークのおかげだったのかもしれない。