二人の永遠がこの世界になくても

スマホをギュッと耳に押し当てる。

十回…十五回目くらいでスマホからは留守電に切り替わる音声が流れた。

もう一度。

もう一度。

四回目の発信。十何回目かのコール音のあと、ママの声が耳に飛び込んだ。

「しつこい!あんたなんて知らないよ!」

「ママ…私、考え直すから。お願い。家に入れてくれないかな」

「…お願いお願いってあんたは自分のことばっかりだね。ママの言うことなんて聞こうともしないで意味不明な理由で退学するの一点張り。で?自分が追い込まれたらしおらしく謝ってみせて。自分勝手な子」

言いたいことは沢山あった。
“意味不明な理由”なんかじゃない。
ママはあの場所に居ないから分かんないんだ。

私達が必死で生きているあの場所から一歩でも足を踏み外したらあっという間に落ちていってしまうこと。

ママだって学生の頃があったのに忘れてしまったのかな。

でもママが絶対的に間違ってるわけじゃない。
ママは今は私の気持ちが理解できないけれど、私だってママの気持ちを全部は理解してあげられない。

私は、親になったことが無いから。

「ちゃんと解決するから。バカなこと言って不愉快にさせてごめんなさい」

「…」

「ママのこと憎くないから…本当だから…。今までもこれからもママが頑張ろうとしてくれてること知ってるから」

電話は切れた。
代わりに玄関に近づいてくる足音が聞こえてきた。

カチャンって音が三回した。
うちのドアには鍵が二つ付いていて、それからやっぱりチェーンの音だった。

春華がドアの持ち手を引いて開ける。
玄関にママの姿は無かった

春華が私に頷き掛ける。

「頑張ったね。えらかったよ」

「…うん」

靴を脱いで、リビングを覗いた。
ソファにジッと座って振り向きもしないママは彫刻みたいだった。

「ママ。ごめんなさい。…ありがとう」

ママは振り向かない。

リビングのドアをそっと閉めて、階段を上った。
なるべく音を立てないように。

春華も真似をして、慎重についてきた。