「ヨヅキ」

「なぁに?」

「俺達さ、ちょっと近づけたね」

「え?」

春華の誕生日の夜、おやすみを言う前に二人で家を抜け出して、高校の校庭に咲く桜を見にきた。

夜桜だった。

桜の花が咲き始めた頃にも一緒に見に来たけれど、今日は特別な日だったから。

春華は泣きそうな目をして「一生忘れない」って言った。
私はきっともうすぐ忘れてしまうのに。

「ヨヅキはさ、大人になっていくじゃん」

「それは春華もでしょ」

「でもヨヅキのほうが俺を置き去りにして大人になっていくじゃん」

置き去りにしていくのは春華だよって言葉を飲み込んだ。
千年も先に、私を置いて行ってしまうのは春華のほうなのに。

この世界に居続ければ、置き去りにしていくのは私なんだ。

一定の距離で決して埋まることの無い差を春華は憎んでいるように思えた。

どう願ったって、春華の力でだって変えられない。

「もう夏は来ないって願ってもいい?」

「夏が?」

「夏が来なければヨヅキの誕生日も来ない。夏が来なければ、来年の春にもならない。たった一つだけど俺らは近づけた。このままずっとだよ。このままずっと。だからもう大丈夫」

「春華。離れるのが怖いの?」

「怖いよ。ヨヅキが遠くなっていくのが。この場所でヨヅキとずっと生きてきた。俺にはヨヅキしか居なかったってちゃんと分かってる。あの場所には俺の場所が残ってるか、もう分からない。でもこの場所でなら俺は…」

「あのね、春華」

「うん」

「春華のその願いを…誰が叶えてくれるの…」

自分の声が酷く揺れていた。
あと一言、何かを口にすれば涙が溢れてくるって分かっていた。

春華も何も言わなかった。

この世界では、誰も力を持っていない。
たった一人。春華だけが“異質”だった。

風に舞う、散る花びらが春華の髪の毛にくっついた。

取ろうとした私の手の平を掴んで、春華が「好きだよ」って言った。