「あっ、あの、それでは……明日、公爵様と奥様に御礼を申し上げたいのですが……」
「2人は剣術大会の後から出かけて、一週間別荘に旅行に行った。だが、もしも君が父と母に挨拶をしたければ、またここに来ると良い」

 またここに来ると良い。その言葉にエーリエは驚く。そうか。そういえば、指輪を貰っていたのだし、ユークリッド公爵邸に自分はいつ来ても良いということなのかと思う。

「あの、ノエル様。この外套を……いただいた、よう、なのですが……」
「ああ、それか。すまない、わたしが選ぶ時間があれば良かったのだが。ケイトにすべて頼んでしまって……気に入ってくれただろうか?」
「えっと……」
「わたしは、君に多くの謝罪をしなければいけない。その……君の母君が20年前に呪いを解いた子供は、わたしだったんだ」

 そう言うと、ノエルは立ち上がって胸元に手を当ててエーリエを見つめた。

「君の母君がいなければ、わたしはとっくに命を捨てているか、あるいは、それすらすることなく、暗闇の中で何も出来ず、王城の奥でただ息をするだけの人生を送っていたのだと思う。けれども、わたしの呪いを解呪したことで、君の体は生まれながらにして呪いに蝕まれて、長い期間不自由を強いてしまった。申し訳ない」

 ああ、ノエルは知ってしまったのか。エーリエは彼をじっと見つめて「いいんです」と告げた。自分でも驚くほど、その声は穏やかで静かな響きを伴っていた。だが、一つ彼の言葉で気になったことがあったので、そこは聞き返した。

「王城、とおっしゃいましたが……」
「ああ。わたしは、現国王陛下の側室の子供でな」
「!」
「だが、呪いの痕が醜かったため、色々な噂が飛び交って……まあ、不吉だとかなんだかとかな。そんなわたしを、公爵夫妻が養子に迎え入れてくれた。ああ、国王陛下のことをわたしは特になんとも思っていない。5歳ぐらいまで、わたしの父だった人、とは思っているが」

 彼の出生を聞いて、あんぐりと口を開けるエーリエ。国王陛下の側室の子供。となれば、彼は王位継承権を持つはずだ。それを彼女は知っていた。またも、書物からの知識ではあったが。

 そうだったのか。自分が知るはずもない幼い頃、彼はそんな目にあっていたのか。エーリエは、彼のこれまでの人生について思いを馳せ、そして、そんな彼の呪いをすべて解呪出来たことに、今更ながら心から安堵をした。

「ノエル様、いいんです。わたしはこの年になるまで人の顔は見えませんでしたが、それはノエル様のせいではありません。責任はすべて、呪いをかけた者。呪いをかけた者を雇った者のみにあります。ですから、ノエル様は謝罪をなさる必要はまったくありません」
「君なら、そう言うとは思っていた。だが、わたしの呪いを解呪したことで、君の母君は人の姿を見ることが出来なくなって……大陸を渡ってこの国に来たというのに、その大陸に戻ることがなかったのだろう。君の母君の人生を変えてしまったのはわたしだ」
「それでも、もういいんです。ノエル様。わたし……」

 エーリエは小さく微笑んだ。

「わたし、ノエル様とそういう間柄になりたいわけではないんです。だって、きっとノエル様は何度謝罪をしても、何をわたしに下さっても、きっと心の中でご自分を責め続けられると思いますから。でもですね。わたし……ノエル様に、そんなことを思って欲しくない、いえ、そんな目でわたしを見ないで欲しいんです」