ノエルは森の外に出て、馬に乗ると深いため息をついた。エーリエの母親が解いた呪いは、自分にかかっていた呪いなのではないかと思い当たったからだ。年を数えればぴったり同じだ。そして、解呪師はそう人数がいない。自分の呪いを祓った解呪師は、相当の高額で雇われたと言っていたが、それは「そうしなければいけないほどの重い呪い」だったからなのだろう。それに。大陸を渡って来たという話も決め手となる。すべてが繋がった。

(エーリエの瞳の色。あの色はこの大陸にはほとんどみない……そういうことだ)

 胸が痛む。眉をしかめながら彼は馬を走らせる。

(もし、そうだったら。彼女が人の顔を見られないのは、俺のせいだ……)

 それは、なんと申し訳ないことなのだろうか。だが、それを彼女に伝えたとしても、何の意味もない。きっと、彼女は「そうだったんですね。ノエル様の呪いが解けてよかったです」と微笑むのだろう。

「呪いを解く方法……」

 いや、そもそも呪い返しというものは解呪出来るものなのだろうか。呪術師・解呪師の世界を彼は少ししか知らないのだから当然わからない。

 彼がいくらか落胆をしてユークリッド公爵邸に着くと、エントランスで執事に「ご当主様がお呼びでございます」と告げられた。義父に呼ばれることは珍しい。ノエルはぴくりと眉をひそめ――仮面に阻まれて執事には見えなかったが――自室に戻らずそのまま義父の執務室に向かった。

「父上、ノエルでございます」
「入れ」
「失礼します」
「そこに座りなさい」

 ユークリッド家当主、ポウル・ケイオン・ユークリッドはノエルをソファに座らせた。長くなる話なのか、と心の中で呟いて、ノエルは「はい」と素直に座る。

「昨日までが王城当番だったか」
「はい」

 騎士団員だった時は騎士団の宿舎に寝泊りしていたが、騎士団長になってから彼はユークリッド公爵邸に呼び戻された。ユークリッド公爵邸は王城からそう離れていないため、彼はそこから毎日王城に通うことになった。同じく、マールトもまたナーケイド伯爵邸――ユークリッド公爵邸よりは王城から遠いが――に戻っている。

 第一騎士団から第五騎士団までの騎士団長は、5日間交代で王城に泊ることになっているが、ノエルは昨日までがその当番だった。

「では、話はまだ聞いていないな。先ほど、王城から使いが来た。聖女らしき者を発見したという話だ」
「聖女……本当にいたんですか」
「わたしも驚いている。が、どうやら本物らしい」
「そうなのですね」

 ノエルは眉をひそめた。聖女が王城に召し抱えられる。それは、300年ぶりほどの話だ。

 聖女といっても、その正体は単に治癒魔法の使い手だ。治癒魔法を使える魔術師はほとんどいない。だが、聖女は治癒魔法を潤沢な魔力で使い続けることが出来る。よって、騎士団その他、戦や内乱鎮圧やらで遠征に出る部隊に聖女を連れて行くことがほとんどだ。この国では現在内乱は起きていないので、一番負傷者が多く出る、魔獣の森に面した辺境警備の砦に行くのかもしれない。

 それだけを聞けば、聖女になんてなりたくない、ということになるが、聖女に一度なれば、一族郎党身分を保証され、報奨金を毎年与えられ、本人も高い地位を得る。例えば、辺境の砦に行くとなっても、聖女の身の回りを世話する者が5人ほどついて行くし、何の不自由もない生活が保障される。

 それほどに治癒魔法の使い手というものは重宝をされる。今はそれをポーションで代用しているが、ポーションは無限に作れるものではない。もとになる薬草は冬には手に入りにくくなるし調合師の数もそう多くない。だから、毎年冬になるとこの国は一時的にポーション不足になる。しかし、冬に動き出す魔獣もいるため、魔獣の森に面した辺境警備の人々に、王城からポーションを多く送る。そして、王城側ではポーション不足になるというわけだ。

「その聖女は18歳ぐらいだと言う話でな。まあ、まだ先の話にはなるが……王城に連れて来て、神官たちから洗礼を受けて、王城所属の治癒術師になるだろう」
「はい」
「そこでだ。国王陛下より、内々に話をいただいて……お前の婚約者にしたらどうかという話をな……」

 その言葉にノエルは声を荒げた。

「婚約者? 馬鹿なことを言わないでください。わたしのような、あちらこちらに呪いの痕が残るような者に……」
「聖女となれば、肩書きとしては国内でかなり上の方になる。もし、聖女が貴族であれば、きっと王子たち誰かとの婚姻が結ばれただろう。だが、聖女はどうやら平民のようでな」
「……なるほど」

 だが、王族関係の誰かと聖女と婚姻を結びたいということか。ノエルは深いため息をついた。