「君の母親は……どんな呪術を祓ってそうなったんだ……?」
「ええ? えっと、よくわかりません。ですが、相当な呪いだったのでしょうね……呪い返しで、母まで呪われてしまうぐらいですもの。ああ、でも……」

 エーリエはなんとか思い出そうとしているのか、ぐっと瞳を閉じた。それから、静かに伏し目がちに瞼を開ける。

「小さな男の子。呪われていたのは男の子です。母は呪い返しが来ることがわかっていたのですが……あまりにも、その男の子が可哀相だったので、わかっていても解呪をしたのだと言っていました。あまりにも可哀相、というのはどんな呪いだったんでしょうね……わたしからすれば、呪いにかかっていれば、それだけで可哀相だと思うのですが……そうだ。王城の方面にいる方だったのだと聞きました」

 そう言って彼女は曖昧な笑みを彼に向けた。ノエルは、いたたまれない気持ちになって「そうか」と言うと、一つ、深いため息をつく。エーリエが「ノエル様?」と尋ねても、彼は返事が出来なかった。

 そうか。彼女は、ノエルが何故仮面を被っている理由を尋ねなかった。そして、ノエルも特に説明はしていないから、彼の仮面が呪いの痕を隠すものだとは知らない。要するに、彼が呪いにかかっていたということすらわかっていないのだ。だから、こんな風にあっさりとそんなことを口にするのだろう。

 ノエルは表情を歪めた。普段だったら、それらは仮面の下でしまわれているものだったし、仮面を外していてもあまり表情に出さないように努めただろう。が、こればかりはどうしようもない。

 しかし、それを見えないエーリエは少し明るい口調で言葉を続ける。

「あっ、でもですね。えっと、もしかしたら古代語を解読出来たら……この家にある書物には、古代語で書かれたものがあって、それは母にも魔女様にも解読出来てなくて……それを読み解いたらもしかしたら何かわかるかもしれないなって……まあ、もしかしたら、ですけど」
「古代語が出来るのか?」
「いえ、いえ、まったく出来ないんですけど……ええ……」

 彼の問いかけにエーリエはもごもごと返事をした。古代語を読み書きできる者は、今はこのサーリス王国に一人や二人いるかいないか、といったぐらいだ。古代語の書物は王城図書館にもそう多くはないし、何よりも、古代語よりもよほど隣の大陸の言語を学ぶ方が、この先の役に立つと考えられていたため、今ではほとんどの人々からその言語は忘れられている。

「この家の書物はほとんど読み終えたので……後は古代語の書物だけなんです」
「……古代語の辞書や、言葉の相対表のようなものがあったら、君は助かるか?」
「じしょ? じしょとはどういうものでしょうか」
「辞書というのは……ううんと……」

 うまく説明が出来ず、ノエルは曖昧に答え、最後に「言葉を知るためのものだ」と更にぼんやりとしたことを言い出した。エーリエはそれを聞いて、よくわからないながらも「あったら嬉しいですけれど」と答えた。

 ノエルはわずかに頭を横に何度か振って、ガタンと突然立ち上がった。

「わかった。それでは、次は来月の納品前には一度持ってくる」
「あっ、はい。わかりました」

 彼の動きにエーリエは首を軽く傾げたが、あえてそれ以上追及はしなかった。彼女は小さく微笑んで

「また、いらしてくださいね」

と言って彼を見送った。