「メイベル……」

 本当はこんなことを言うつもりはなかった。
 ゆっくりと会話を楽しんで、それから……メイベルを抱き上げて、ベッドに……。

 十三年前に成し遂げられなかったことを、できれば良かったんだ。ただそれだけで。結婚も、また。けれど今回もできなかった。

 させてもらえなかった、のではなく、俺がその機会を壊してしまったのだ。

 シオドーラのことは女の勘、なのだろうな。
 領地に着くまでの間、メイベルとは口論のようなやり取りはあったが、距離を縮められたような気がする。

 領地に着いた後も懸命に馴染もうと、苦手な早起きをしたり、素直に頼ってくれたりもしていた。

 そんな姿が可愛くて、ついちょっかいをかけてしまう。すると、さっきみたいに顔を赤くして、ますます愛らしく見えて困る。
 欲ばかりが募り、要求した末、怒らせることも度々。そう、今のように。だが今回のは、これまでと明らかに反応が違う。

 本当は好意があったのに、実は風よけだった。

 メイベルはそう思ったから、怒ったのだろう。逆だという事実を確認もせずに。いや、できないくらい、ショックを受けた感じだった。

 俺の自惚れでなければ……。

 しかし目の前の現実は、そんな生易しいものではない。このまま、ソファーで寝るべきか。それともベッドに行くべきか……。

 さらに嫌われたくない、という思いが俺の足を鈍らせた。

 好きだからこそ、構いたくなって。でも、それを見誤ると嫌われる。正直、子どもか! と思われても仕方がない。
 世間では偏屈だと言われている俺だが、臆病になってしまうくらい、メイベルが好きなんだ。

 ふと、先ほどメイベルに言われた言葉を思い出す。

『今日から私は旦那様の妻です。人妻です。もう令嬢じゃないんです!』

 そう。俺の妻だ。あれだけ啖呵を切ったのだから、今更なしとは言えんだろう。

 俺はその言葉に勇気をもらい、メイベルが横になっているベッドへと向った。

 すると意外にも、メイベルは吐息を立てて寝ているではないか。寝起きは悪いが、寝付きもあまりいい方ではない、と聞いていたのに。早過ぎないか?
 けれど、よくよく考えてみれば、すぐに分かることだった。

 早く寝てしまえるほど、今日は疲れていたんだな。これならば俺がベッドに入ったとしても気づかないだろう。

 俺は安心して、ベッドに横になった。


 ***


 それから数時間後。
 ふと目が覚めると、とんでもない事態が起きていた。

 どういう状況でこうなったのか分からないが、メイベルが……なんと、俺の服を掴んでいたのだ。それも両手で。俺の胸の前で蹲るように。

 メイベルの頭をそっと撫でる。けれど反応がない。

 本当に寝ているのか? ということは、寝ぼけてこんなことをしたのだろう。

 けれどこのままの体勢で目を覚ましたら、大変なことになる。
 あらぬ疑いをかけられた挙げ句、ブレイズ公爵夫人たちと一緒に帰ってしまうのでは、と最悪のシナリオが脳裏を過った。

 俺は横になっているメイベルを一度、仰向けにして、服から手を放そうと試みた。

「ん~」

 しかし、体勢を直した途端、メイベルの体が震え出した。そして再び、俺に(すが)りつく。

「なるほど。寒かったのか」

 エヴァレット辺境伯領の秋は、昼夜(ちゅうや)の寒暖差が激しい。俺は慣れているが、常に穏やかな首都で生まれ育ったメイベルは違う。

 (だん)を求めて、こんなことを……。

 ホッとしつつ、さてどうしたものかと考える。
 メイベルへの言い訳はできた。が、その次だ。毛布を一枚、持ってきたいところだが……。このままでもいい、と思ってしまう。

 そっと抱きしめると、メイベルの震えが止まった。さらに温かさを求めて、足を絡めてくる。

「っ!」

 さすがにこれは……! メイベルを抱き上げてでも毛布を取りに行くか。いや、それはできない。

 十三年前に拒絶されてから、抱き上げる時は許可をもらってから、と決めていた。ずっと我慢してきたのに、それを今、破りたくない。
 だったらこの苦行(くぎょう)にも耐えられるか? いや、耐えなくては。同意なし、になどそれこそ手遅れの事態になる。

 いや、これを逆手に取ることができれば、もしかしたら……。

「起きたら覚悟しとけよ」

 俺はある悪巧みを実行に移した。