〇莉子宅・(夜)

N「金曜日の夜」

莉子「ふぅ~バイトも終わったぁ~」
莉子「これから一時間勉強して――やっと明日は休めるぅ~」

スマホに着信音。
陽斗からのメッセージ、以下やり取り、

莉子「何々?」

陽斗『あした暇?(スタンプ)』
莉子『明日はやっと休み 暇だよ~』
陽斗『おつかれ~(スタンプ)』

莉子(スマホだとカジュアルなのまだ慣れないな……)

陽斗『それは良かった!』
陽斗『私が仕える次期ご当主様が小泉さんに会いたがってるんで』
陽斗『明日そちらに向かうので住所を教えて?』

莉子「え~!? いきなり!? ムリムリ、こんな家に人を呼べない!」

莉子(それに隠してるわけじゃないけど貧乏なのも知られたくないし)
莉子(できれば家庭の事情も……)

莉子『家はちょっと無理かも』
陽斗『じゃあ明日俺んちに来てください。いちおう住所は~』

莉子「って、ええええええ!? 本当に!?」

莉子、しばし放心してから、

莉子(いきなり過ぎない? でも思い返せば彼は結構強引なところあったし……)
莉子(そもそも徳川家の次期ご当主様と会うって何?)
莉子(しかも友達の家にもほとんど行ったことがないのに、いきなり男の人の家だなんて……)
莉子(それにまず着ていく服がなーい!)

莉子、横になって

莉子N「はっきりいって めんどくさい」

莉子(確かに彼は何でもできる完璧超人でイケメンだし)
莉子(私にお昼ご飯作ってくれたり、目を掛けてくれるし)
莉子(私もちょっと気になり始めてるのも事実だけども)

莉子、壁に貼ってある「三つ、恋をしない(最重要)」を見て、

莉子(そうだもん、三年後の受験に向けて恋をしている暇なんて私にはないの)
莉子(今すぐにも、父の借金、母の入院代、私の学費を稼がないといけないんだもん)

莉子「はぁ、暇だと言わなきゃ良かった……」

〇陽斗の家へ向かう道・家の前・(朝)

莉子、学校の制服で、

莉子(結局行くことになってしまった)
莉子(でも制服ってよく見たらかなりいい素材だし)
莉子(Uニクロの服で行くよりよっぽどいいのかも?)

莉子、スマホを取り出して経路を調べる

莉子「え~っと、最寄りの駅までの30分は歩くとして」
莉子「うわぁ、けっこう運賃かかるなぁ……」
莉子「今夜から晩御飯のおかず一品減らそう」

〇同・陽斗の家の近く・(朝)
 
莉子(地名から想像できていたけど)
莉子(やっぱりこの辺り高級住宅街だ)

スマホ『目的地に到着しました。お疲れ様です』

莉子、建物(34階建て高級マンション)を見上げて、

莉子(ちょっと引くわ……)
莉子(しかも34階の最上階!? こんな所にどんな人が住んでるかと常々思っていたけど)

***
(フラッシュ)
莉子、陽斗のことを思い浮かべる。
***

莉子「あっ、納得!」

〇陽斗の家・玄関・(朝)

陽斗、執事の正装をして丁寧なお辞儀でお出迎えをする。
莉子の荷物を受け取り、

陽斗「小泉様、今日はご足労いただきましてありがとうございました」
陽斗「本日は徳川家次期当主の結希様とのご面会が予定されております」
陽斗「ではあちらの部屋へお進みくださいませ。お茶を用意してまいります」

莉子「はっ、はい!」

莉子(本物の執事ってこんな感じなんだ。流石にいつもとは全然違う)
莉子(つまり、彼はあれでも学校では少しは学生らしくしようとしてたのね……)
莉子(それにしても緊張するなぁ……)

〇同・案内された部屋・(朝)

真っ暗な部屋、モニターの向こうには徳川結希(15)が上品に座っている。
結希は海外に留学しているので、ビデオ通話で会話をする。

結希「(真顔で)初めまして、小泉さん。私は徳川家次期当主の徳川結希と申します」
莉子「は、初めまして」

莉子(それにしても女性の人だったなんて)
莉子(しかもすごい美人!)

結希「(笑顔で)ささっ、座って座って? 堅苦しいのはここで終わりでガールズトークでもしましょ?」

莉子「へっ……?」
結希「陽斗君は払ってあるから安心して?」

莉子、言われるままに椅子に座る。

結希「それで小泉さん、早速ですが陽斗君は学校ではどうですか?」
莉子「それは……少し堅苦しいところもありますけど、完璧超人で皆に人気があって」

結希「ふむふむ、それから?」
莉子「……それだけですけど」

結希「なるほど。よくわかったわ。う~ん、やっぱり……」

結希、うろうろと歩き回って考える。
それから真剣な顔になって、

結希「私の意見をいうわ。陽斗君がこのまま高校生活を送れば、小泉さんがいったような印象の人間にしかなれないでしょう」
結希「おそらく学校の誰に聞いても同じ意見」
結希「陽斗君が本当は何が好きで何が嫌いか誰も分からない」
結希「一瞬の職業病みたいなもので、まるで機械のような人間――」
結希「私、そんな人が自分の執事だなんてとても悲しいことだと思っているの」
結希「この気持ちわかるでしょ?」

莉子「でも早乙女君は陽斗としてとても優秀だと思いますよ?」

結希「そう、あれ以上の人材は世界広しといえどいないと思うわ」
結希「顔を見ればアイドル級の容姿だし、仕事ぶりも献身的で――それに何よりも私の一番の理解者」
結希「(悲しそうな目で)私だって誰にも渡したくないもの」

莉子(あっ……結希さんは本当は)

結希「ごめんなさい、少し感情的になってしまいました」
結希「とにかく私には将来財閥を背負っていく重責があります。結婚相手も含めて私の人生は決して私だけのものではないのです」
結希「ただ陽斗君は違います。だからこそ、彼が人間として将来幸せになれるように心から願っているんです」

莉子、少し考え込んで、

莉子「その事情はよくわかったのですが、どうしてそれを私に?」

結希「それは陽斗君があなたのことをよく話すからです」
結希「私以外の他の人に興味を持つなんてとても珍しいことで」

莉子(そうなの!?)

結希「陽斗君が自由にできる時間はこの高校三年間だけ。大学からまた私の専属執事として務めることになります」
結希「しかしその前に陽斗君が自分の人生を謳歌し、自分の好きなことを見つける時間を持ってほしいと思っているのです」

莉子「でも、私がどんなことをすればよいのか……」

結希「私は陽斗君が高校卒業までの間、普通の高校生活を経験してほしいのです」
結希「陽斗君は自分を見つめ直し、望みや愛する人を追い求める時間が必要不可欠」
結希「あなたにお願いしたいのは陽斗君がそんな経験を体験する機会を提供してもらいたいのです」

二人の間、しばし沈黙が流れる。

結希「ごめんなさい。私の意図が分かりにくい話だったよね?」

莉子「はい……正直なところ」

結希「じゃあごまかさずにはっきりいうわ」
結希「陽斗君とお付き合いして、普通の高校生活送って、最終的には結婚してほしいってことなのー!」

莉子「ってえええええ!?」