〇(回想)莉子宅・家の前(朝)

木造建築で、かなり年季が入ったボロボロの建物。
一か月前に引っ越した場所。
この日から小泉莉子(15)の一人暮らしが始まる。

おじいさん「わりぃなぁ~こんなボロボロのアパートで」
莉子「(満面の笑みで)いえ、雨風がしのげれば十分ですので」

莉子N「家賃4万の六畳間。父は借金で蒸発、母は病気で入院」

莉子(そうだ、ここから始まるんだ)
莉子(私の負けられない戦いが!!!)

(回想終わり)

〇通学路(朝)

莉子、通学中に単語帳を広げながら、

莉子N「私、小泉莉子(15)には成し遂げないといけないことがある」
莉子N「いい大学に入っていい企業にはいってとにかく大金を稼ぐこと!」

莉子、学校の入り口に立って校舎を見上げる。
莉子のボロボロの家とは対照的なきらびやかな校舎が、

莉子N「絶対に!!!」

〇学校・体育館(朝)

N「入学式」

莉子、その他大勢と一緒に参列。
壇上で、早乙女陽斗(16)が入学生代表挨拶。

陽斗「暖かい春の日差しが~」

体育館がどよめき始める。

女子A「きゃ~、誰あのイケメン!? モデル? 芸能人?」
女子B「しかも入学生代表挨拶って頭もいいんだ!」
女子C「あんた知らないの? 徳川財閥の専属執事をしている完璧超人ってこの辺の中学じゃ有名じゃない?」
女子A「じゃあ財閥の御曹司もこの学校に入学してるの? どこどこ? お金持ちは!」
女子C「ん? たしか御令嬢だったような……」

莉子、自分の世界に入り考え事をしながら、

莉子(くそっ……試験の結果には結構自信があったのにな)
莉子(やっぱり日本屈指の名門高校の壁は高い――)

〇学校・中庭(朝)

莉子「気分が悪い……」

莉子(最近食費を削りすぎたか……)

莉子、フラフラになりながら水筒から飲み物を飲む。
その後、桜散る校舎のベンチに一人座り考え事をする。

莉子N「この私立慶早学園は全国屈指の偏差値を誇る学校」
莉子N「高い学費だけれども、今入院している母親が親戚中に頭を下げくれて――」
莉子N「どうにかして上位の成績でこの学校を卒業してお金の工面ができるようにしないと――」

莉子「はぁ、でも少し憂鬱だなぁ……」
莉子「でも、一生懸命頑張らないと!」

莉子、ベンチを立ち教室に向かう。
その時、桜の花びらが髪の毛に付いてしまう。

〇学校・教室(朝)

教室には莉子以外の生徒は全員着席している。
莉子、窓際の一番後ろの席に移動。

莉子(え~と、私の席以外は埋まっているから……)
莉子(よかった、一番集中して勉強ができる席だ)

陽斗「(笑顔で)おはようございます」
莉子「おはようございます」

莉子(隣の席は偶然にも入学成績トップの彼)
莉子(確かに間近で見るとすごいかっこいいけれど私には関係ないこと)

莉子、平然な様子で着席。

莉子(そう、私はこの高校生活で勉強に集中するための三つのルールを守るんだ――)

莉子N「一つ、借りを作らない(勉強関係以外で)」
莉子N「二つ、お金を大事に(遊ばない)」
莉子N「三つ、恋をしない(最重要)」

莉子(とにかく、勉強、勉強……)

陽斗「(小声)小泉さん、小泉さん」

莉子「はい?」

陽斗「(小声)桜の花びらが、髪に付いていますよ」

陽斗、ジェスチャーをして莉子に位置を教える。

莉子「はぁ……ありがとうございます」

莉子(桜の花びらなんて自然に落ちるでしょ)

莉子、軽く頭を振るも花びらは落ちない。
鞄から単語帳を取り出して勉強を始める。
陽斗、気になる様子で眺める。

窓から風が吹き、莉子の髪が宙を舞う。
それでも花びらが落ちない。
陽斗、我慢できない様子で眺める。

N「昼食」

陽斗、手の込んだお手製の弁当を広げる。

女子A「わ~早乙女君すごいお弁当だね」
女子B「もしかして自分で作ったの?」
陽斗「料理の技術も執事には必要ですから」
女子C「おいしそー見た目もプロ並みじゃん」
陽斗「よろしければ皆さん食べてみませんか? 味の感想を是非ともお聞かせてください」
女子一同「え~いいの? うわ、本当に美味し~」

莉子(食事なんて最低限で十分なのに)
莉子(見た目にこだわるなんて無駄じゃない。胃に入れば全部一緒なのに)

莉子、見た目の悪いおにぎり二つとビタミン剤を取り出す。

莉子(ごちそうさまでした)

ものの一分で食事を終わらせ、勉強を再開する。

女子A「(小声)入学そうそうに真面目過ぎない?」
女子B「(小声)ご飯もあれだけ? ダイエット中というよりは……」
女子C「(小声)話かけずらい感じ」

陽斗だけその様子を心配そうに眺める。

〇学校・廊下

N「放課後」

莉子(この後のバイトの時間まで結構暇があるし)
莉子(図書室の様子でも見ておこうかな。これからお世話になるだろうし)

莉子、周りが騒がしい中もくもくと一人歩くが
突然、体勢を崩して廊下の壁に手を付ける。

莉子(うぅ、やっぱり気分が悪い)
莉子(食事だけじゃなく寝不足のせいもあるかも……)

莉子、さらに体勢を維持できなくて四つん這いになる。
周りの生徒が騒がしくなり、注目が集まる。

生徒A「おいおい大丈夫かよ!?」
生徒B「誰か先生呼んできて」
生徒C「えー、今助けてあげなよ」

その時、クラスメイトに囲まれていた陽斗が駆けつけ、

陽斗「小泉さん、大丈夫ですか?」
莉子「だ、大丈……夫……です」

莉子、かなり具合の悪そうな表情。

陽斗「大丈夫ではないですよ! ちょっと失礼しますね」

陽斗、莉子を抱きかかえて保健室に向かう。
莉子、薄れかけの意識の中で真剣な表情の陽斗を見上げる。

莉子N「暖かい……男の人ってこんなに暖かいんだ」
莉子N「誰かの優しさに触れるってなんか久々だな――」

〇学校・保健室(夕方)

莉子「……ん?」
陽斗「(不安気な顔で)お体の具合は大丈夫でしょうか?」

莉子「はっ、バイトの時間は!?」
莉子「……過ぎてる」

莉子、がっかりした表情を見せる。
外は日が沈みかけていた。

莉子「……どうしてこんな時間まで私の側に?」

陽斗「(笑顔で)頑張り屋さんなんですね、小泉さんって」
陽斗「私は職業柄、頑張っている人を放っておけない性質でして」

莉子(確か自己紹介で、執事をやってたって言ってたっけ?)
莉子(ん? どこからかいい匂いが)

陽斗、紅茶と茶菓子を用意している。

陽斗「美味しい紅茶とクッキーでもいかがですか?」

莉子、物欲しそうに一度見てから。

莉子「でも……私は立ち止まっている暇がないんです!」

莉子、ベットから急いで立ち上がろうとするが体勢を崩してしまう。
陽斗、莉子の頭を胸で受け止めて、

陽斗「今はゆっくり休んでください」
莉子「でも……でも……うわぁぁぁあ」

莉子、大粒の涙を流す。

莉子N「学校初日から思い通りにいかない自分に情けなくなって悔しくって」
莉子N「これまでの事が頭の中でぐちゃぐちゃになって涙が止まらなかった」
莉子N「それに男の人に優しくされるのは初めての経験で――」

陽斗、莉子の頭をそっと撫でて、

陽斗「私をあなたの専属執事にしてもらえませんか?」