〇美術実習室・中
授業中、生徒達が、中央に置かれた石膏像のデッサンをしている。
ずらりと並んでいる生徒達。
真面目に、デッサンに取り組んでいる咲良。
咲良(――楽しい!)
それを、向かい側から同じくデッサンしながら見ている游。
咲良(胸が高揚するこの感じ、すごく久しぶりだな)
ふわりと、思わず微笑みが漏れる。
咲良(子どもの頃)
(友達と遊ぶよりも、流行りのアイドルを追いかけるよりも)
(私はいつまでも、絵だけを描いていたかった)
(一筆一筆が私の想いを象っていくこの瞬間が、すごく好きだった)
ふと目が合う咲良と游。
游は真顔で、ぷいっと顔を逸らす。
咲良「?」
咲良(……気のせいか)
一方で、真面目な顔でデッサンを続ける游。
游(描いてる時のあいつの姿、あの頃と変わらないな)
〇回想・姫川絵画教室
子ども達が、中央に置かれたリンゴのデッサンをしている。
楽しそうに微笑みながら、デッサンしている咲良(8)。
それを向かい側から同じくデッサンしながら見ている游(8)。
頬を染めている。
游(楽しそうだな……)
〇回想ここまで
〇美術実習室・中
デッサンをしながら、少し頬を染めて優しく微笑む游。
游(あいつが楽しそうで、よかった……)
〇道路(夕方)
学校帰りに、走っている咲良。
咲良(バイト、遅刻だ~!)
そこに、黒塗りの游の車が停まる。
後部座席の窓が開き……
游「帰りくらい送ると言っただろ」
咲良「いや、ほんと、送迎なんて図々しいから!」
必死に逃げるように走る咲良。
逃すまいと、横にぴったりとついて窓から必死に叫ぶ游。
游「バイトももう辞めていいといったはずだぞ!」
咲良「すぐに辞めたら迷惑でしょ~!」
游「とにかく、バイト先まで――」
咲良「本当、大丈夫だから~!」
と、ダッシュで走っていってしまう咲良。
〇車内(夕方)
ウイーンと閉まる窓。
不満げで暗い顔の游。じっと考えている。
游「おかしい……避けられている気がする」
松本「え? そ、そうですかね……!?」
松本(やっと、お気づきに……!)
游「松さん、結婚してますよね?」
松本「え、まあ」
游「いい夫って、どうしたらなれますか?」
松本「ええっ……そうですねえ。あ、今は家事をする夫がいい、なんて言われてますけど……」
游「家事」
真顔ながら、キラーンと游の目が輝く。
游、家事について思いを巡らせる。
松本「まあ、游さんは家事はやらない方がいいでしょうね」
という松本の言葉は、全く耳に入っていない様子。
〇桜庭家のマンション・玄関(夜)
高級そうな玄関。
ガチャッと扉が開き、制服姿の咲良が入ってくる。
咲良「ただいまー」
ん?と玄関に置かれた男物の革靴に気づく咲良。
〇同・リビング(夜)
慌ててリビングへと入って来る咲良。
咲良「ママ、誰か来て――」
カチャカチャと、キッチンから聞こえる食器に触れ合う音。
エプロン姿、シャツを腕まくりしている游が、器用に食器洗いをしている。
ピカピカの食器。
咲良「ええええっ」
咲良「ちょ、え、何?」
咲良「ママ、たける!」
完全にパニックっている咲良。
あたふたと周りを見ると……
ドアが開いた寝室に、すやすやと幸せそうに眠るゆき子とたけるの姿が見える。
咲良(えええええっ!?)
游「おかえり」
咲良「あ、えっと、ただいま」
静かに、寝室のドアを閉める咲良。
咲良「ねえ、何してるの?」
何をしているかはわかるものの、この状況が把握できず青ざめて聞く咲良。
游「皿洗いだ」
咲良「いや、それはわかってるんだけど」
游「食事も作ったし、洗濯と掃除もしておいた」
完璧な游に、ガクブルと震える咲良。
咲良(お坊ちゃまのくせに、なんでもできるのか……!)
咲良「いいって、もうやめて」
慌てて游に駆け寄る咲良。
游「最後までやらせろよ」
咲良、ぐっと真顔になり。
咲良「自分勝手で強引なところ、あの頃と全然変わらないんだね」
游「自分勝手? 俺が?」
咲良「自覚ないの?」
咲良「そういうところ、すごく嫌いだった」
游(嫌い……!)
わかりやすくショックを受ける游。
咲良(って、生活の面倒見てもらってるのに)
(こんなこと言っちゃ駄目だよね)
咲良「……ごめん。忘れて」
咲良「だけど私に絵を描かせるための偽装結婚なら、あんたがこんなことする必要ないでしょ」
と、皿洗いを変わる咲良。
押しのけられる形で、場所を譲る游。
游、前のめりになって咲良を覗き込む。
游「偽装結婚とは言ったつもりはないけど」
游「俺は本気で、お前の夫になるつもりだ」
真剣な顔で言われ、思わず顔を赤くする咲良。
咲良(え……?)
その拍子に、ナイフで指を切ってしまう。
咲良「いたっ……」
はっとする游。
バッと咲良の手を取り、すぐに切った指に唇を当てる。
咲良「!?」
游「薬箱は?」
咲良「あ、あの……棚の中……」
游「座って」
咲良、言われるがままソファに座る。
游が薬箱を持って、咲良の指をとる。
真剣な顔で、咲良の指を消毒する游。
その様子を、ドキドキしながら見ている咲良。
咲良(本気で夫になるつもりって……どういうこと?)
咲良「指を手当してくれてるのは……私が絵描きだから、だよね?」
游「ああ」
游「絵が描けなくなったら、俺との勝負もできなくなるし」
咲良「それ以上の気持ちは、ないんだよね?」
游「それ以上の……気持ち?」
游の手が、ぴたりと止まる。
恥ずかしくなり、慌てて話を逸らそうとする咲良。
咲良「いや、ないならいいの!」
游「なくは、ない」
游「……すぐ、どうにかしてやりたいと思ったし……」
咲良「え……?」
考え込んでいた游の顔が、カーっと赤く染まっていく。
咲良(え……???)
游、顔を上げて咲良を見つめながら言葉を探す。
咲良も驚き、思わず游を見つめる。
游(俺はあの頃からずっと、お前だけを見ていた)
(楽しそうなお前も、嬉しそうなお前も、悲しそうなお前も……)
手当をして触れていた咲良の手を、柔らかく握る游。
游「俺、お前にイジワルばかりしてきたよな……」
游「自分勝手で、強引で……悪かった」
頬を染めながらも謝られたことに面食らう咲良。
顔を染めたまま、さらに言葉を探す游。
游「だけど……俺はお前を、嫌いだったわけじゃない……」
游「今思うことは……」
游「お前には、いつも笑っていてほしい……ってことだ」
思わず、游の真剣な顔に見入ってしまう咲良。
〇回想・姫川絵画教室(夕方)
暗い顔で、段ボールに画材道具を詰め込んでいる咲良(12)。
絵画教室を辞める日。
周りの子ども達は、コソコソと噂している。
子ども1「お父さん死んじゃったって」
子ども2「お金なくなったって、ママが……」
その声が聞こえ、咲良は怒りと共に目に涙をためる。
そこに、背後から何かを差し出す游(12)。
游「ん」
咲良「……何?」
怪訝そうな咲良。
游「……お前に似てるから、やる」
それは、にっこりスマイルマークのついた髪飾り。
咲良(似てる……? これが?)
咲良「……ありがと」
涙を浮かべた目で、不思議そうに受け取る咲良。
〇回想ここまで
〇桜庭家のマンションの部屋・咲良の部屋(夜)
まだ段ボールが積まれた部屋。
その段ボールの中から、古びたブリキのおもちゃの缶を取り出して開ける咲良。
ビー玉やおもちゃのイヤリングなどが入っている缶の中には、スマイルマークのついた髪飾りが入っている。
咲良(そっか)
(これくれたの、あいつだったっけ……)
〇回想・姫川絵画教室(夕方)
回想の続き。
游「あとこれ……盗ってごめん。返す」
と、一枚の絵(画用紙に描いた淡い水彩画)を渡す。
咲良「それは……いらない。あげる」
游「え……」
咲良「いらない……!」
まるでその絵を毛嫌いしているかのように、咲良は言い放つ。
〇回想終わり
〇宝山家・游の部屋(游)
広い、キレイな片付いた部屋。
咲良の家から帰ってきた、游が入ってくる。
デスクの近くに貼られている絵を見る。
それは、あの頃咲良に返せなかった、一枚の絵。
親子三人が仲良く手を繋いでいるような、抽象画っぽい淡い水彩画。
人物の顔や性別ははっきりしないが、父・母・子の三人で、そのタッチからとても幸せそうな雰囲気が伝わって来る。
游はその絵を、優しい表情で見つめている。
游、そっとその絵に触れて……
游「桜庭咲良……俺は、お前のことが……」
游「好……」
游「……」
游「好……!?」
咲良への想いを自覚し、ぼっと顔が赤くなる游だった。
授業中、生徒達が、中央に置かれた石膏像のデッサンをしている。
ずらりと並んでいる生徒達。
真面目に、デッサンに取り組んでいる咲良。
咲良(――楽しい!)
それを、向かい側から同じくデッサンしながら見ている游。
咲良(胸が高揚するこの感じ、すごく久しぶりだな)
ふわりと、思わず微笑みが漏れる。
咲良(子どもの頃)
(友達と遊ぶよりも、流行りのアイドルを追いかけるよりも)
(私はいつまでも、絵だけを描いていたかった)
(一筆一筆が私の想いを象っていくこの瞬間が、すごく好きだった)
ふと目が合う咲良と游。
游は真顔で、ぷいっと顔を逸らす。
咲良「?」
咲良(……気のせいか)
一方で、真面目な顔でデッサンを続ける游。
游(描いてる時のあいつの姿、あの頃と変わらないな)
〇回想・姫川絵画教室
子ども達が、中央に置かれたリンゴのデッサンをしている。
楽しそうに微笑みながら、デッサンしている咲良(8)。
それを向かい側から同じくデッサンしながら見ている游(8)。
頬を染めている。
游(楽しそうだな……)
〇回想ここまで
〇美術実習室・中
デッサンをしながら、少し頬を染めて優しく微笑む游。
游(あいつが楽しそうで、よかった……)
〇道路(夕方)
学校帰りに、走っている咲良。
咲良(バイト、遅刻だ~!)
そこに、黒塗りの游の車が停まる。
後部座席の窓が開き……
游「帰りくらい送ると言っただろ」
咲良「いや、ほんと、送迎なんて図々しいから!」
必死に逃げるように走る咲良。
逃すまいと、横にぴったりとついて窓から必死に叫ぶ游。
游「バイトももう辞めていいといったはずだぞ!」
咲良「すぐに辞めたら迷惑でしょ~!」
游「とにかく、バイト先まで――」
咲良「本当、大丈夫だから~!」
と、ダッシュで走っていってしまう咲良。
〇車内(夕方)
ウイーンと閉まる窓。
不満げで暗い顔の游。じっと考えている。
游「おかしい……避けられている気がする」
松本「え? そ、そうですかね……!?」
松本(やっと、お気づきに……!)
游「松さん、結婚してますよね?」
松本「え、まあ」
游「いい夫って、どうしたらなれますか?」
松本「ええっ……そうですねえ。あ、今は家事をする夫がいい、なんて言われてますけど……」
游「家事」
真顔ながら、キラーンと游の目が輝く。
游、家事について思いを巡らせる。
松本「まあ、游さんは家事はやらない方がいいでしょうね」
という松本の言葉は、全く耳に入っていない様子。
〇桜庭家のマンション・玄関(夜)
高級そうな玄関。
ガチャッと扉が開き、制服姿の咲良が入ってくる。
咲良「ただいまー」
ん?と玄関に置かれた男物の革靴に気づく咲良。
〇同・リビング(夜)
慌ててリビングへと入って来る咲良。
咲良「ママ、誰か来て――」
カチャカチャと、キッチンから聞こえる食器に触れ合う音。
エプロン姿、シャツを腕まくりしている游が、器用に食器洗いをしている。
ピカピカの食器。
咲良「ええええっ」
咲良「ちょ、え、何?」
咲良「ママ、たける!」
完全にパニックっている咲良。
あたふたと周りを見ると……
ドアが開いた寝室に、すやすやと幸せそうに眠るゆき子とたけるの姿が見える。
咲良(えええええっ!?)
游「おかえり」
咲良「あ、えっと、ただいま」
静かに、寝室のドアを閉める咲良。
咲良「ねえ、何してるの?」
何をしているかはわかるものの、この状況が把握できず青ざめて聞く咲良。
游「皿洗いだ」
咲良「いや、それはわかってるんだけど」
游「食事も作ったし、洗濯と掃除もしておいた」
完璧な游に、ガクブルと震える咲良。
咲良(お坊ちゃまのくせに、なんでもできるのか……!)
咲良「いいって、もうやめて」
慌てて游に駆け寄る咲良。
游「最後までやらせろよ」
咲良、ぐっと真顔になり。
咲良「自分勝手で強引なところ、あの頃と全然変わらないんだね」
游「自分勝手? 俺が?」
咲良「自覚ないの?」
咲良「そういうところ、すごく嫌いだった」
游(嫌い……!)
わかりやすくショックを受ける游。
咲良(って、生活の面倒見てもらってるのに)
(こんなこと言っちゃ駄目だよね)
咲良「……ごめん。忘れて」
咲良「だけど私に絵を描かせるための偽装結婚なら、あんたがこんなことする必要ないでしょ」
と、皿洗いを変わる咲良。
押しのけられる形で、場所を譲る游。
游、前のめりになって咲良を覗き込む。
游「偽装結婚とは言ったつもりはないけど」
游「俺は本気で、お前の夫になるつもりだ」
真剣な顔で言われ、思わず顔を赤くする咲良。
咲良(え……?)
その拍子に、ナイフで指を切ってしまう。
咲良「いたっ……」
はっとする游。
バッと咲良の手を取り、すぐに切った指に唇を当てる。
咲良「!?」
游「薬箱は?」
咲良「あ、あの……棚の中……」
游「座って」
咲良、言われるがままソファに座る。
游が薬箱を持って、咲良の指をとる。
真剣な顔で、咲良の指を消毒する游。
その様子を、ドキドキしながら見ている咲良。
咲良(本気で夫になるつもりって……どういうこと?)
咲良「指を手当してくれてるのは……私が絵描きだから、だよね?」
游「ああ」
游「絵が描けなくなったら、俺との勝負もできなくなるし」
咲良「それ以上の気持ちは、ないんだよね?」
游「それ以上の……気持ち?」
游の手が、ぴたりと止まる。
恥ずかしくなり、慌てて話を逸らそうとする咲良。
咲良「いや、ないならいいの!」
游「なくは、ない」
游「……すぐ、どうにかしてやりたいと思ったし……」
咲良「え……?」
考え込んでいた游の顔が、カーっと赤く染まっていく。
咲良(え……???)
游、顔を上げて咲良を見つめながら言葉を探す。
咲良も驚き、思わず游を見つめる。
游(俺はあの頃からずっと、お前だけを見ていた)
(楽しそうなお前も、嬉しそうなお前も、悲しそうなお前も……)
手当をして触れていた咲良の手を、柔らかく握る游。
游「俺、お前にイジワルばかりしてきたよな……」
游「自分勝手で、強引で……悪かった」
頬を染めながらも謝られたことに面食らう咲良。
顔を染めたまま、さらに言葉を探す游。
游「だけど……俺はお前を、嫌いだったわけじゃない……」
游「今思うことは……」
游「お前には、いつも笑っていてほしい……ってことだ」
思わず、游の真剣な顔に見入ってしまう咲良。
〇回想・姫川絵画教室(夕方)
暗い顔で、段ボールに画材道具を詰め込んでいる咲良(12)。
絵画教室を辞める日。
周りの子ども達は、コソコソと噂している。
子ども1「お父さん死んじゃったって」
子ども2「お金なくなったって、ママが……」
その声が聞こえ、咲良は怒りと共に目に涙をためる。
そこに、背後から何かを差し出す游(12)。
游「ん」
咲良「……何?」
怪訝そうな咲良。
游「……お前に似てるから、やる」
それは、にっこりスマイルマークのついた髪飾り。
咲良(似てる……? これが?)
咲良「……ありがと」
涙を浮かべた目で、不思議そうに受け取る咲良。
〇回想ここまで
〇桜庭家のマンションの部屋・咲良の部屋(夜)
まだ段ボールが積まれた部屋。
その段ボールの中から、古びたブリキのおもちゃの缶を取り出して開ける咲良。
ビー玉やおもちゃのイヤリングなどが入っている缶の中には、スマイルマークのついた髪飾りが入っている。
咲良(そっか)
(これくれたの、あいつだったっけ……)
〇回想・姫川絵画教室(夕方)
回想の続き。
游「あとこれ……盗ってごめん。返す」
と、一枚の絵(画用紙に描いた淡い水彩画)を渡す。
咲良「それは……いらない。あげる」
游「え……」
咲良「いらない……!」
まるでその絵を毛嫌いしているかのように、咲良は言い放つ。
〇回想終わり
〇宝山家・游の部屋(游)
広い、キレイな片付いた部屋。
咲良の家から帰ってきた、游が入ってくる。
デスクの近くに貼られている絵を見る。
それは、あの頃咲良に返せなかった、一枚の絵。
親子三人が仲良く手を繋いでいるような、抽象画っぽい淡い水彩画。
人物の顔や性別ははっきりしないが、父・母・子の三人で、そのタッチからとても幸せそうな雰囲気が伝わって来る。
游はその絵を、優しい表情で見つめている。
游、そっとその絵に触れて……
游「桜庭咲良……俺は、お前のことが……」
游「好……」
游「……」
游「好……!?」
咲良への想いを自覚し、ぼっと顔が赤くなる游だった。