茶トラを埋葬したのは、翌日。
 即日にしなかったのは、皆でしたかったからだ。見送りを。あの場にいた猫たちと共に。

 また、昨夜は事の結末を聞きたくて、お母様の帰りを待っていた。
 けれど、やはり慣れない仮面舞踏会。エスコート役のカーティス様の存在。さらには潜入調査という緊張の連続で、私の体力と気力が底をついてしまったのだ。

「お話を聞かせてもらえますか、お母様」

 そうして今、疲れきった顔のお母様の前に立っている。勿論、執務机の前で。

「あぁ。ドリス王女の話によると、床に叩きつけられた茶トラを持ち上げた途端に、猫たちが地下に現れて、一気に押し寄せたんだそうだ」

 檻に入れられていた少年少女は勿論のこと、その場にいたオークションの品であったものたちも驚いてしまい、騒ぎがさらに拡大した。
 無理もない。室内に猫がひしめいている光景など、そうそうお目にかかる機会はないだろうから。

「案の定、オークションに出品されるものたちは大わらわ。偶々(たまたま)居合わせたというシュッセル公子は、奥の壁で身動きが取れずにいたところを――……」
「お縄についた、というわけですか」
「ノハンダ伯爵の言う通り、品物の購入から搬入まで、シュッセル公爵名義でやっていたからな。さらに護衛たちも、公爵から借りていたらしい」
「あっ、だからあの時、落ち着いていたんですね」

 会話内容はうろ覚えだったから、これで納得した。ということは――……。

「ノハンダ伯爵はドリス王女の協力者だったんですか?」
「本人は途中から鞍替(くらが)えしたと言っていたが、どこまで本当か、怪しいものだがな」
「でも何故ですか? 王族とはいえ、シュッセル公爵よりもドリス王女につく理由が分かりません」
「馬鹿者。人の心理を表面上だけで考えるな。下の者とて、自らを使ってくれる者を見定める。ノハンダ伯爵にとってシュッセル公爵は、それに値しなかった。ただそれだけだったということだ」

 なるほど。今回シュッセル公子の方を調べたが、子が子なら親も親なのだろう。それでも権力に群がるハエは絶えない。

「たとえ協力者であっても、仮面舞踏会にオークション。さらには取引不可の品物の出品まで。それらを主導、手引きをしたのだから、罪は免れん。が、大きさとしては、やはりシュッセル公爵の方が上だ」
「それはつまり、ドリス王女の思惑通りになったということですか?」

 降嫁先(こうかさき)に相応しくない。それさえ認めさせればいいのだから。

「まぁな。グルーバー侯爵様がさらに口添えをしたのだから、婚約者候補からは消えただろう」

 ホッと一息ついたのも束の間。カーティス様の名前を聞いて、私は動揺した。

「それでお前はどうするつもりなんだ?」
「えっ!」
「グルーバー侯爵様は本気のようだぞ」
「いきなりそんなことを聞かれても……困ります」

 本音としては「こんな心境で答えられるか!」ではあるが、そんなことを言えるはずもなく。私は静かにカーテシーをして執務室から出ていった。


 ***


「クソッ!」

 首都の繁華街で、壁に悪態をつける男。ここではよく見かける光景だ。
 一晩で身ぐるみを剥がされたり、やけ酒の末に叩き出されたり。しまいには美人局(つつもたせ)に遭って、身も心もボロボロになるケースもある。
 故に、それがこの国でも指折りな有力貴族の令息であっても、皆、見ぬ振りをするのだ。

 自業自得だろう。ここで遊ぶのなら、もっと紳士的に、スマートにやるのが貴族だ、とでもいうように。

 その男の目にも、彼らの姿はそう映ったのだろう。男の行動はさらにエスカレートしていった。

「たかだが、あの程度のことで騒ぎやがって」

 裏路地に置いてあるゴミ箱を蹴る。

「謹慎だぁ、徐免だぁ。そんなこと、知ったことかよ!」

 飛び散ったゴミがズボンにつき、払うようにしてまた壁を蹴る。

「クソ親父めっ! あれくらいどうにかできるだろうが!」

 その瞬間、鈍い音がする。何度も壁を蹴れば、いずれそうなることを男は知らなかったらしい。足を抱えて悶絶していた。

「そもそも、アレがあの場にいなけりゃこんなことには……」

 涙目になりながら、男はゴミ箱が飛んだ先を見る。するとそこには……。

「いなければ。いや、いちゃいけないんだよ、なぁ」

 散らばったゴミに近づく三毛猫を見て、男はニヤリと笑った。

「猫なんかさ」