猫憑き令嬢と忠犬騎士団長様~ヘタレで不憫な団長様は猫がお好き~

 仮面舞踏会、当日。
 カーティス様が迎えにくるのは夕方だが、支度は明朝から始まる。それは朝が苦手な私にとって、地獄の始まりだった。

 いつもより早い時間にメイドがノックも無しに部屋の中へ入り、カーテンを全開にする。明朝の柔らかい光に包まれて、優しく起こしてくれるのならまだいい。
 しかし、メイドは真顔のままベッドに近づき……。

「失礼します」

 謝罪は言葉だけ。行動はそれに伴うものではなかった。

 突然、布団を(めく)られたのだ。初夏とはいえ、朝はまだ肌寒い。
 もっと寝ていたい、と体を縮こまらせて主張する。が、仕事に忠実なメイドに通用することはなく、力技で仰向けにされた。

 それでも目は閉じたまま。メイドは気にすることもなく、私を持ち上げて浴槽室へと向かって行った。

 もうそこからはまな板の鯉状態。拾ってきた猫ではないので、文句を言えた立場ではない。
 何せ私が目を覚ましたのは、鏡台の前に座らされた瞬間だったからだ。

 それまでの間、メイドたちに体を洗われ、マッサージを受けても、私はうとうととしたまま、現実と夢を行き来していた。

 時折、メイドが誰かに注意をする声が聞こえてきたが、彼女たちは私に声をかけることはなかった。そう、ここに座るまでは。

「ルフィナお嬢様。そろそろ起きてください」
「……あっ、うん。……はぁ」
「欠伸も控えてください」
「ごめんなさい」

 鏡越しに見えるカーテンから差し込む光は力強く。昼が近いことを示していた。
 しかし、お腹は空いていない。多分、うたた寝していた最中に、何か口に入れられたのだろう。

「ルフィナ~」

 能天気なことを考えていると、ふわりとピナが空中に現れた。勿論、メイドたちは日常茶飯事なので、動じることはない。丁寧に髪を梳かし始めた。

「ようやく起きたんだね~」
「ごめんね。ピナが忙しく動いてくれているのに」
「ううん~。僕は言われた通りに指示を出しているだけだから~」
「ということは――……」
「配置し終えたよ~」

 褒めて褒めて、と言わんばかりに、ピナは部屋の中を飛び回った。今は抱っこしたり、頭を撫でたりしてあげられないことを、ちゃんと分かっているからだ。

 そのピナが言う配置というのは勿論、仮面舞踏会の会場。猫たちに周辺を探索させているのだ。

 美しく、艶やかに着飾った紳士淑女たちが舞う、華やかなホールの裏側で開催されるオークション。出品されるものの中には、あってはならないものたちの存在がいた。
 それらの搬入や取り仕切る者など。会場となっているノハンダ伯爵家を張っていれば、自ずと判明するだろう。

 他にも、潜入してみたらオークションは開催されていなかった。などでは、格好がつかない。
 騎士団でも分かっているのは、ドリス王女がノハンダ伯爵邸で開催される仮面舞踏会へ行くことくらいなのだ。

 毎夜、行われているのは確認済み。けれど念には念を入れて、猫たちに探らせるようピナに頼んでいた。

「ありがとう、ピナ。それで、やっぱりいた?」
「うん。大きな箱が何個も入って行ったよ~。人間の匂いもあったって~」
「獣と間違えたってことはない?」
「それはないよ~。獣の匂いもあったって言っていたから~」

 先ほどから見たとは言わずに、匂いと言っていることから、外からは見えない箱……恐らく木箱のような形で搬入しているのだろう。
 猫たちはその後の褒美を期待しているから、嘘はつかない。

 獣か……希少種ならいいけど、凶暴な獣だったら厄介だ。貴族の中では、強い者同士を戦わせて楽しむ、変質者もいる。そういう連中が買い求めるのだ。
 それ故に、このようなオークションは後を絶たなかった。

 思わず溜め息を吐きたいのを、グッと堪える。何せ、今は支度の最中だ。下手に動いて、後ろにいるメイドからお小言を食らいたくはなかった。

「とりあえず、オークションは開催される、とカーティス様にお伝えして」
「ん~」
「どうしたの?」
「今日のルフィナは綺麗かって~」

 な、な、なななななーー!

「それは私への言伝じゃなくて、ピナに聞いたのよ!」

 もしくはグルーバー侯爵邸にいる白猫に、独り言のように尋ねたのだ。それを……!

「じゃ、分かんないって言っておくよ~」
「え? そこは綺麗とか、色々あるでしょう」
「ん~?」

 ピナにとっては、私がいくら着飾ろうが、みすぼらしい恰好をしようが関係ない。私は私で、ピナはピナなのだ。
 けれど私が不満げにゴニョゴニョ言うので、ピナが折れた。

「分からないけど、ルフィナが言うなら、そう言っとくね~」
「え! あ、うん。お願い」

 いざ、そう言われると恥ずかしくなって、私は俯いた。

「お嬢様」
「はい」

 それから、カーティス様が何か呟く度に、ピナが意見を求めてきて大変だった。

「ルフィナ~。今、何してる~?」
「えっと、お化粧をしてもらっているわ」
「ルフィナ~。支度は終わった~?」
「終わるわけがないでしょう! もう、いちいちカーティス様の独り言に反応しないで!」

 ピナと白猫は、どうやらこれを、カーティス様の独り言だとは認識していないようだった。恐らく呟く前に私の名前を口にしているからだろう。

 直していただくところはないと書いたけど、これはマズいわ。恥ずかし過ぎて、私の心臓が持ちそうにない!

「ルフィナ~」
「いい加減にして!」

 最終的に私の怒号が部屋に響き渡った。