猫憑き令嬢と忠犬騎士団長様~ヘタレで不憫な団長様は猫がお好き~

 ジルケ・ブルメスターと名乗った金髪の女性は、思ったほど悪い人ではないらしい。
 先ほどまでカーティス様が座っていた向かい側の席ではなく、私の斜め横の椅子に座ったからだ。

 彼女が護衛と言ったことや、カーティス様を団長と呼んだことなどから、近衛騎士団の団員ということは分かる。
 けれど、カーティス様が騎士とはいえ、女性と親しげに話している姿は、あまり良いものではなかった。

 不覚にも、嫌だと感じたのだ。

「それでお話というのは……」
「先ほども言った通り団長のことです」

 そう。ジルケは私に「団長のことでお話が……」と耳元で囁いたのだ。
 敵か味方か分からない。それでも、カーティス様のお話には興味が引かれた。

「マクギニス嬢は、どう思われているのでしょうか」
「どう、というのは?」
「あっ、そんなに警戒しないでください。先ほど、仰っていたことが気になったんです」

 私は首を傾げた。ジルケが気になるほどのことを口にしただろうか。

「『誰かに好意を抱いたことがない』と、仰いましたよね」
「……えぇ」
「本当ですか?」
「ブルメスター卿はご存じですよね。私が周りに何と呼ばれているのか」

 “猫憑き令嬢”

「それが何だと言うんですか? 団長は気にしていませんよ。勿論私も、です」
「ブルメスター卿……」

 ありがとう。涙が出そうなほど、嬉しかった。

「実は私、猫が大好きなので、マクギニス嬢とお近づきになりたかったんです」
「えっ、私と?」
「はい。それで今回、護衛に志願したんです」
「それはその、なんと言うか、ありがとうございます」

 まさか、こんな私に近づこうという者が、カーティス様の他にいたなんて。
 お仕事とはいえ、嬉しかった。

「いいえ。こちらこそ、ここに来るまで、たくさんの猫たちに出会えましたから。皆、マクギニス嬢を心配そうに見ていました」
「多分、相手がカーティス様だからだと思います」
「理由をお聞きしてもいいですか?」

 最もな疑問だと思った。そもそも私を通しているのだから、猫たちがカーティス様を危険人物だと捉えるのはおかしい。
 だからと言って、“忠犬”と呼ばれているから、とも答え辛かった。

「多くの視線を集めていたでしょう。まぁ、それも今日の目的の一つなんですが、緊張してしまい、平常心を保てなかったんです。だから猫たちが心配したのでしょう」
「なるほど。さらに護衛の件も話していませんでしたから、より警戒させてしまったようですね」
「えぇ。基本、猫たちは自由ですから。命令しても、納得できない案件は動きません。なので、今回のように、自主的に動く場合の方が多いんですよ」

 意外な返答だったのか、ジルケは驚いた表情を見せた。その軽蔑の色のない純粋な表情。ほんの少しだけ勇気を出すには十分だった。

「勘違いされる方が多いのですが、猫たちは私の命令を聞いているわけではありません。私に憑いている猫に従っているんです。その猫の意思を尊重して、私を見守ってくれている。故に、今回のようなことが起きてしまったんです」
「もしかしたら、“猫憑き令嬢”という言葉は揶揄ではなく、警告なのかもしれませんね」
「警告……ですか?」
「はい。迂闊に近づけば猫にやられる。現に団長も、随分と苦労されたと聞きました」

 一週間もモディカ公園で、猫に無視された話よね、これは。もしかして、団員に知れ渡っているのかしら。
 あぁ、どうしよう。カーティス様の評判に傷をつけたんじゃ……!

「あ、あれは――……」
「猫たちから見たら、団長はマクギニス嬢に近づく怪しい男性に見えるでしょう。マクギニス嬢はどうですか? あれでも令嬢方には人気があるんですよ」
「っ!」

 地位、名誉、権力……。それだけでも優良物件なのに、格好いい容姿と飾らない人柄が合わされば、他の令嬢方が放っておかないだろう。
 今日は少し、話が通じない場面があったけれど……。

「確かに魅力的な方ですが……」
「お好みに合いませんか?」
「そ、それは烏滸(おこ)がましい、と言いますか……」
「何故です?」

 さも当然かのように質問をしてくるジルケ。私は間を置いてから答えた。

「先ほど、ブルメスター卿も言っていたではありませんか。他の令嬢方に人気だと。……迷惑に思われるだけです」
「うーん。では、質問を変えます。マクギニス嬢は、どのような男性がお好きなのですか?」
「えぇぇぇ!」

 好き……好き……好きな、男性……!?

「猫……猫を大切に想ってくれる人、でしょうか」
「それは必須ですね。好かれていなくても、大丈夫ですか?」
「気まぐれな猫に好かれるのは難しいですから」

 ふふふ、と笑って見せると、逆にジルケは真剣な顔で頷いた。

「なるほど。それはクリアですね。あと他には?」
「我が家は、今回のような依頼を受けることがあるので、理解してくれる方でないと困ってしまいます。人の他にも、猫たちからも依頼を受けるので」
「その点は、難しそうですね」
「はい。普通の令嬢は、そういうことはしませんもの」
「いえ、依頼と称して、マクギニス嬢に近づく不埒者(ふらちもの)もいるかもしれません」

 え? ジルケは何を言っているの?

「心配し過ぎて、許可を出さない可能性があります」
「だ、誰が?」
「勿論、団長です」
「カーティス様が!?」

 驚きのあまり、私は立ち上がった。椅子の音と大声も相まって、周囲の視線が一斉に集まる。が、気にしている余裕はなかった。何故なら、その前に声をかけられたからだ。

「俺がどうかしたのか?」

 そうカーティス様に。
 私はさらに恥ずかしくなり、その場から立ち去ろうとした。けれど瞬発力のいい騎士には敵うわけがなく、すぐに腕を掴まれてしまったのだ。

「ルフィナ嬢。何かジルケが失礼なことでも?」
「えっと、その……」
「やはり……」
「違います! 違いますから、離してください」

 いくら鈍い私でも、ジルケにあんなことを言われたら分かってしまう。さらに、ピナを見ても変わらない態度。
 すべてを統合すると……つまり……。

「分かった」

 カーティス様が手を離した瞬間、私は逃げるようにしてカフェから出ていった。