猫憑き令嬢と忠犬騎士団長様~ヘタレで不憫な団長様は猫がお好き~

 近衛騎士団長、カーティス・グルーバー侯爵様。
 加えて、ヴェルナー王子殿下の側近でもある。

 改めて見ると、凄い肩書きだわ。それなのに、婚約者はいない、と。

 いやいや、何を期待しているの。皆がおかしなことを言うから、変なことを考えてしまったわ。

 私はあれから、ピナを連れて自分の部屋がある棟へ帰った。
 シーラとイダの気配のしない棟は、やはり居心地がいい。

 ピナもそれを感じ取ったのか、棟に入った途端、私の腕から抜け出すように、空へ向かって飛んでいった。
 普通の猫ならば、床に着地するところを。

 伸び伸びと自由に飛び回るピナを他所に、私は一人、部屋の中に入る。
 すると扉の近くにあった大きな箱が、まるで自身をアピールしているかのように、私の足に当たった。

「わわわっ!」

 強い痛みは感じなかった。ただ、そこに物が置いてあることを、すっかり忘れていたのだろう。
 勢いのままに、片足でトントンと移動して、ベッドに倒れ込んだ。

 何という間抜け……。クラリッサに開ける時は呼んでほしいと、言われていたのに忘れるだなんて……。

 私はベッドに座り直してから、その大きな箱に視線を向けた。
 グルーバー侯爵邸から馬車で、我がマクギニス伯爵邸にやってきた、仮面舞踏会用のドレス一式。

『騎士団長には似つかわしくない、宝石店やらブディックの店員が出入りしているという。しかも、若者向けだ』

 お母様の言葉が脳裏に浮かんだ。
 あの時はすぐに怖いと思った。会ったこともない相手に、潜入調査とはいえ、ドレスなど送るだろうかと。

『何も知らなければ、グルーバー侯爵にもようやく春が来たのかと思うだろうさ』

「っ!」

 思わず『春』という言葉に、反応してしまった。お陰で頭を振っても、手で振り払っても、脳にこびりついて離れない。

「ルフィナ~。大丈夫~」

 再びベッドにうつ伏せになると、頭上から声をかけられた。
 バッと起き上がり、ピナを睨む。

「もう! 誰のせいよ!」
「だってルフィナが~」
「待って! それ以上言わないで!」

 私以上に、自分の感情を知っているピナに言われるのは危険だ。
 すでに頭の中、パニックになっているのに。追い打ちをかけられたら……!

「ダメ! 絶対に……お願いだから」
「大丈夫だよ~。ルフィナが嫌がることはしないよ~」
「嘘。したじゃない、今日」
「あれは~。……つい、嬉しくて~。だから、ごめんよ~」

 そうか。私も初めてのことだから分からなかった。ピナにとって“お相手”が定まるのは、嬉しいことなのか。

 憑いている猫が定める“お相手”とは、その名の通り、結婚相手。
 生涯のパートナーを意味する。

 だから私だけでなく、ピナも認めた相手、というのが理想……なんだけど。
 先にピナが認めた場合、私の気持ちは?

 私は……。

『だからお姉様は、ゆっくりと気持ちの整理をつけながら、お仕事の方に専念なさってください』

 そうだ。カーティス様のお気持ちだって分からないのに、私自身が“お相手”と決めつけるのは烏滸(おこ)がましい。
 ううん。失礼に値するわ。

 とはいえ、ピナを否定することだって、絶対にしたくない。だから、クラリッサの言葉が一番正しい。

 まずは、気持ちに向き合うところから始めよう。
 そうしなければ、今度カーティス様にお会いした時、私は逃げてしまうだろう。それも、かなりの確率で。
 すると、仕事に支障が出て、お母様の雷を受けることに……!

 私はピナに向かって手を伸ばし、抱き寄せた。

「ルフィナ~」
「私の方こそ、ごめんね。ピナの嬉しい気持ちは、十分に伝わってきたのに、それを怒って」
「認めたくない~?」

 カーティス様に抱き始めた感情に?

「分からない」
「嫌い~?」
「ううん。そもそも嫌いというより、苦手意識が先走っていたから……」

 初めから“嫌い”ではない。

「……好き~?」
「っ! ひ、一人の人間としては……そう、かも」
「ルフィナの“相手”は、ダメ~?」
「……分からない。それにカーティス様のお気持ちだって」

 ここまで周りを巻き込んで否定されるのは辛い。だから防波堤を張らせて。
 言い訳を用意しておきたかった。

「大丈夫だよ、ルフィナ~。なんたって、僕が認めたんだから~」
「で、でも……」
「僕の幸せは、ルフィナの幸せだよ~」
「ありがとう、ピナ」

 でも、まだ保留にしておいて、とは言い辛かった。

 だから私は、ピナの頭を撫でながら、そっと胸に仕舞い込むことにした。
 どこまでも私に寄り添う、可愛い白猫のために。