猫憑き令嬢と忠犬騎士団長様~ヘタレで不憫な団長様は猫がお好き~

 お母様の執務室を出た後、私はシーラを(ともな)ってクラリッサの部屋へ向かった。
 シーラの気配が充満する棟から、クラリッサに憑いているグレーの猫、イダの気配がする棟へ。

 そう、私たちは家族だが、憑いている猫たちは違う。たまたま私たちを気に入って憑いただけで、双方の関係性はない。
 だから、縄張りには気をつけなければならなかった。

「クラリッサ。ピナと話がしたいのだけれど、いいかしら」

 ノックをしながら、中にいるピナの気配を窺う。

 すると、イダの気配が色濃い部屋に、まるで自分がいるような、そんな錯覚を抱いた。探れば探るほどに。

「お姉様」

 やはりクラリッサも事前に察したのだろう。すぐに扉を開けてくれた。

 肩越しに見えるピナの姿。けれど、いつものように飛んできてはくれなかった。逆に、自分よりも一回り小さなイダの背に回って隠れている。
 その丸分かりな姿に思わずクスリと笑ってしまった。

 あれで隠しきれていると思っているんだから、もう。

「ピナ」

 優しく呼びかけると、一瞬パァッと明るい表情になるピナ。でも、また元に戻ってしまった。だから、もう一度呼びかける。

「ピナ。もう怒っていないわ。分かるでしょう」
「……でも~」
「悪いと思っているのなら出てきて」

 仏の顔も三度までというが、私の場合は二度までのようだ。渋るピナを前に、私の声は低くなった。
 まるで怒っているのは、そっちのことかのように。

「ルフィナ~。ごめんよ~」
「ううん。私の方こそ、誤解を与えるようなことをしていたから。おあいこ、ね?」
「ご、誤解じゃないよ~」

 慌てて駆け寄ってきたピナを抱き締める。

「誤解」
「違う~」
「誤解」

 お互いに譲らないところもそっくり。だから最後は笑って許してしまう。

「まあまあ、二人とも。これで気は済んだかしら」
「シーラ~」
「ピナの気持ちも分かるけれど、今はまだ早い。いい勉強になったわね」
「早いも何も、ピナが誤解し――……」
「ルフィナ。まだやるのなら、アルベルタに言うわよ」

 うっ。
 シーラにお母様の名前を出されれば、引き下がるしかない。

「もうこれ以上の面倒はかけないでちょうだい。いいわね、二人とも」
「はい」
「分かったよ~」

 私とピナを交互に見た後、シーラは大きな欠伸をした。
 もう興味を失った、とでもいうように。

「わぁ~。それじゃ私は戻るわね。イダ。私までお邪魔して、ごめんなさい」
「ううん。私、騒がしいのは好きだから。いつでも来ていいよ」

 ピナとはまた違った、のんびりした口調のイダが、シーラに近づく。
 体を擦り寄せて、別れの挨拶をしているかのようだった。

 あの気高いシーラでさえ、振り払わないイダ。あの穏やかな口調、振る舞いがそれを可能にさせていた。

 だから、ピナが触れても怒らないのよね。
 普通の猫ではない『猫憑き』の猫は、自らが憑いている者以外に触れられるのを嫌う。
 同じ『猫』なら尚更だ。

 けれど、ピナもシーラも、何故かイダに心を許す。
 ピナが避難先に選んだのも、それが理由だろう。
 挨拶をし終えたのか、シーラはそっと姿を消した。お母様の執務室がある棟。つまり、自分の縄張りに帰ったのだろう。

「私たちもお(いとま)しましょう。これ以上ここにいたら、シーラに、いえお母様に怒られるわ」
「何故ですか? ここで話し合っていかれてもよろしいんですよ? イダも構わないわよね」
「うん。私も何があったのか、知りたい」

 つまり、野次馬か。

「何があったも何も、さっきクラリッサに話した通りよ。イダなら言わなくても分かるでしょう」
「クラリッサの目と耳を通して聞いていたから。でも、質問はできない」
「イダは発言権がほしいと言っているんです、お姉様」

 そっとイダを抱き上げて、クラリッサはベッドの上に腰かけた。首を傾ける仕草までして。

 可愛くて強かなクラリッサのお願いを無視するなんて、野暮なことはしない。私もピナを抱いたまま、その隣に座った。

「それで何が聞きたいの?」
「えっと、ピナを見た時のワンコの反応。ルフィナはどう感じた? ルフィナに対して、どんな反応をしたの?」
「ワンコって……。騎士団長様とか、カーティス様とか。他に呼び方はあるでしょう」
「お姉様。イダにとっては同じことですわ」

 まぁ、私もお会いするまで同じ思考だったから、強く否定できないけれど。
 現にクラリッサも、先ほどまでそうだった。

「どう感じたかなんて、思う余裕はなかったわ。その後の反応だって、覚えていないもの」
「大丈夫だったよ~。僕の姿を見ても、全然変わらなかった~。だからルフィナのことも、嫌いにならないよ~」
「その根拠は?」
「僕たち、警戒心は強いけど、心を許すのも早いよね~。それと同じ~。ルフィナが感じたものに、僕は賛同しただけ~」
「理由になっていない」

 元々ピナは、言葉が足りないだけに、追及するのは難しかった。

「だって~」
「まぁまぁ、お姉様。このクラリッサには何となくですが、分かりましたわ。ね、イダ」
「うん。だから、ピナを怒らないであげて」

 このグレーの猫。イダもまた、クラリッサに似て、可愛らしく頭を傾ける。

「もう、二人ともピナの味方をして……」
「そんなことはありませんわ。先ほどお姉様に、『お灸を添える』と私は言ったんですよ。まさか、それを破ったとお思いで?」

 その瞬間、腕の中でピナの体が跳ねたような気がした。

「ピナ?」
「クラリッサに怒られた~。ルフィナの許可もなく動いたらダメだって~。怖かったよ~」
「悪いことをした自覚はあるの?」
「……ない、けど。皆にも怒られたから~」

 慰めて、とばかりに私にしがみついてくる。

「つまり、反省していないってこと?」
「し、した! したよ、今! 反省したよ~」

 だから許して。お部屋に帰ろう。

 ピナから伝わってくる必死な感情に、私は根負けせざるを得なかった。
 それは偏に、カーティス様に対する感情の整理が、まだできていなかったからだろう。ピナの行為は叱咤できても、動機までは強く言えなかった。