猫憑き令嬢と忠犬騎士団長様~ヘタレで不憫な団長様は猫がお好き~

 そうして私は今、未だベッドの上にいた。
 布団に包まり、音を遮断する。耳を塞いでみても、聞こえてくるピナの『声』

『ルフィナ~。どうしたんだよ~』

 これは部屋の外からじゃない。直接、頭の中に話しかけてきているのだ。

『ねぇってば~。何でそんなに怒っているの~。入ってもいい~』

 しばらくはピナの顔なんて見たくないほど、私は怒っているのに、その理由が分からないなんて。
 さらに私の怒りに火をつけた。

 手元にあった枕を、扉に向けて投げる。ボスンという鈍い音は、畏怖(いふ)を与えるには程遠く、威嚇(いかく)すらならない。
 けれど理解してくれたようだった。『声』は止み、気配も遠退(とおの)いていく。

 目を(つむ)ると、後ろ髪を引かれるように、何度も振り返りながら離れていくピナの姿が見えた。
 それほど深く繋がっている、私とピナ。

 生まれた時から共にいる、家族以上の存在であり、楽しい時も辛い時も、共感してくれる。心を映す鏡のような存在でもあった。
 今までの私は、代わりに喜怒哀楽を示してくれるピナを、心地よく感じていた。

 しかし、今回のように私の感情を先走るのは許せない。勝手に“お相手”に選ぶことも!

 ピナのことは好きだし、大事だけど、私たちは個々の存在だ。
 別々の人格を有し、それぞれの世界を持った、独立した個体。

 こんな風に干渉してほしくない。

 けれど私の部屋には、未だピナの気配が薄っすらと満ちていた。マクギニス伯爵邸にいる限り、消えることのない気配。

 そこに入り込んだザラっとした感触に、私は布団を(めく)った。
 上半身を起こし、扉を見つめること数秒。待っていたとばかりに、扉がノックされた。

「お姉様。クラリッサです。開けてもよろしいですか?」

 甘くて柔らかな声につられて、私は入室の許可を出した。

「まぁ、お姉様ったら。いくら自室でも、身だしなみは綺麗にしてください。お姉様は私の自慢なんですよ」

 クラリッサは私の姿を見るなり、駆け足でベッドに近づいてきた。
 揺れるオレンジ色の髪。華やな顔立ちを象徴するかのような緑色の瞳に見つめられると、堪らなかった。

 まるで物語のヒロインのように可愛い、クラリッサ。
 頭を撫でたくて手を伸ばすが、クラリッサの手が私の髪を掴む方が早かった。

 おさげにしていた髪を解き、いつの間にか手にした櫛で、ゆっくりととかし始めたのだ。

「後ろを向いてもらえますか?」

 (あん)にとかし辛いというクラリッサの言葉に、私は素直に従った。これではどちらが姉か分からない、と思うだろう。けれど私は、全く気にならなかった。

 クラリッサが私を自慢というように、私もまたそんな妹が自慢だったからだ。余所へ出したくないほどに。

「本当に優しい子ね、クラリッサは。ピナに泣きつかれたのでしょう」

 しかし、そんな姉と語らいに来たのではないことくらい、分からない私ではなかった。

「……はい。すみません。ルール違反だとは思ったんですが、私も気になったものですから」
「そうね。いくら家族でも、お互いトラブルに首を突っ込まない、というのが我が家のルールよ。特に憑いている猫との間で発生したトラブルなら、尚更。それを分かった上でなら、怒らないわ」

 そう、マクギニス伯爵家には、他の家門にはない特殊なルールがある。
 猫と人間の間で起こった出来事は、双方で解決するべし!
 これは、他者が介入して、大きな騒動に発展させないための処置だった。

「良かった。私まで怒られたらどうしようと思っていたんです」
「まさかっ! 私がクラリッサを怒るなんてあり得ないわ!」
「でしたら、聞かせてくださいませ。一体、ピナは何をしたんですの?」
「それ……は……」

 お願い。そんな目で見つめないで、と私はクラリッサから目を背けた。
 しかし、クラリッサも手を緩めない。

「さっき馬車で送ってくださった方と関係があるんですか?」
「み、見ていたの?」
「いいえ。メイドたちが騒いでいるのを聞いたんです。ちょっと怖そうな殿方という話から、スラッとして格好いい、とも。お姉様、真相はどっちなんですか!」

 良かった。ピナの頼みというより、メイドたちの話が気になったのね。さすが私の可愛いクラリッサだわ。

 頭を撫でた途端、頬を膨らませたその顔も可愛い。

「お姉様!」
「ごめんなさい。あの方はカーティス・グルーバー侯爵様よ」
「えっ、もしかして、忠犬と言われている、近衛騎士団長様ですか!?」

 クラリッサの驚く顔を見て、思わず昨日の自分を思い出した。
 きっと、犬が我が家に来たという衝撃で、頭がいっぱいになっていることだろう。カーティス様を知った今の私と違って。

 そんなところも可愛く思いながら、私はクラリッサに一連の出来事を話した。